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連載 被爆70年

ヒロシマは問う NPT再検討会議を終えて <上> 決裂の背景 保有国が抵抗 限界露呈

 米ニューヨークの国連本部で22日まで開かれた5年に1度の核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、今後の核軍縮の道筋を示す最終文書を採択できず、決裂した。被爆70年の節目に、「核兵器なき世界」へ向かう流れを断ち切りかねない事態だ。なぜなのか。打開策はあるのか。4週間の会議を、問い直した。(田中美千子)

 会期末まで2日となった20日。国連本部にほど近いアルジェリア政府代表部で、核兵器保有5大国と、メキシコ、アイルランド、キューバなど有力な非保有国が最終文書案に盛り込む核軍縮の方策をめぐって秘密裏に交渉を重ねていた。時折、外の空気を吸いに出る外交官たちの表情には、疲労と焦りがにじんだ。「合意できるかどうか五分五分だね」。非保有国の代表の一人はそう明かした。議論は夜まで続いた。

文書案作りは難航

 NPTは、米国、ロシア、英国、フランス、中国の5カ国に核兵器の保有を認めつつ、全加盟国に核軍縮交渉を義務付けている。再検討会議はこれまでも、持つ国と持たない国の対立を軸に成功と失敗を繰り返してきた。今回は、前回からの5年の間に、保有国の軍縮の遅さにしびれを切らした非保有国が核兵器の非人道性を理由にその法的禁止を迫る動きを強めている中での開催。対立の先鋭化を多くの専門家が予想していた。

 案の定、会期序盤の一般討論演説からそれぞれが主張をぶつけ合い、終盤になっても最終文書案作りは困難を極めた。「(文案に)非人道性の言及が多すぎる」「核兵器禁止条約は世界の安定を危険にさらす」「段階的な核軍縮以外に選択肢などない」…。ウクライナ問題で関係が悪化する米国とロシアも含めて保有国同士が団結し、法的禁止を求める非保有国にあらがった。

 最終文書案の作成は、最終的にタウス・フェルキ議長(アルジェリア)が引き取る形になったという。21日朝に示された、核軍縮の案は大きく後退していた。廃絶に向けた法規制などを特定する作業部会の設置を勧告する記述こそあったが、作成段階で例示していた「核兵器禁止条約」の文言は消えた。さらなる核軍縮を迫る表現はことごとく弱まった。「非保有国の声を反映していない。これなら正直、採択されなくていいくらいだ」。核軍縮に熱心なある外交官は、中国新聞の取材にそう漏らした。

核軍縮にブレーキ

 会議は1カ国でも反対すれば決定を見送るコンセンサス(合意)方式だ。妥協か、決裂か―。22日夕、最終会合がスタートした。2番目に発言した米国代表のローズ・ガテマラー国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)が「合意できず残念だ」と拒否を表明。決裂が決定的になった瞬間、傍聴席にいた非政府組織(NGO)の代表たちからため息が漏れた。

 ただ、ガテマラー氏が理由に挙げたのは中東問題だった。最終文書案は、NPT非加盟で事実上の核保有国イスラエルを念頭に、中東非核化に向けて地域の全ての国が参加する国際会議を来年3月までに開く、としていた。イスラエルと同盟関係にある米国が、「実現不能」と拒絶したのだ。結果的に、この問題が世界の核軍縮にブレーキをかけたかっこうになった。

 決裂が決まった後、たがが外れたように35カ国が発言を求め、多くが保有国への不満をぶちまけた。そんな中、南アフリカの政府代表の発言に会場のあちらこちらで異例の拍手が起きた。「NPTは核兵器を永久に保持するように意図されているわけでない。(保有国の)モラルの欠如を感じる。NPTはアパルトヘイト(人種隔離)と同様、少数国に利する仕組みに成り下がったようだ」。NPTの限界を鋭く突いていた。

核拡散防止条約(NPT)
 1970年に発効、95年に無期限延長が決まった。5年ごとに運用状況を点検する再検討会議を開く。191カ国・地域が加盟。事実上の核兵器保有国のイスラエルと、インド、パキスタンは非加盟。北朝鮮は2003年に脱退を宣言した。保有国を米国、ロシア、英国、フランス、中国に限定。非保有国には核兵器の製造や取得を禁じる代わりに、原子力の平和利用を認めている。

(2015年5月31日朝刊掲載)