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世界のヒバクシャ

5. 「死の1マイル」 

第1章: アメリカ
第1部: 秘密の平原ハンフォード

次々一家襲う不幸

 「核城下町」トライシティーの北東、ハンフォード核工場の原子炉群と川を挟んで、コロンビア盆地の広大な農業地帯が続く。その中心地メサは、食堂2軒、雑貨店3軒、人口3千人の典型的な米国の農村である。

 この町に来て初めて、核工場周辺に住む被害者の生の声を聞くことができた。120ヘクタールの農場を持つロバート・パークスさん(58)夫妻。「世界中に伝えて下さい。アメリカは核兵器を造った。その裏で、何万人ものヒバクシャを同時につくった、とね」

 隣のアイダホ州生まれの2人は、1953年に結婚してメサに来た。陸軍を退役する時、「退役軍人にうってつけ」と、軍から土地を紹介されたのだ。「第2の人生をこの地で」。2人は雑草を刈り取り、ブルドーザーで岩を取り除いて、麦、ジャガイモ、ビートを栽培してきた。

 「ここで6人の子供が生まれたの」と妻のベティーさん(55)。ところが、二男は肺の発育不全で誕生2日後に死亡。3人の娘は甲状腺(せん)障害になり、ベティーさんも左胸に腫瘍(しゅよう)ができた。ロバートさんは今も甲状腺の薬を飲み続ける。

 次々と一家を襲う不幸の原因に気づいたのは、1986年の「核工場から放射能」という報道だった。「あれで、それまでの変な出来事のナゾが解けたの」とベティーさん。

 近所の牧場で奇形の牛やヤギが度々生まれた。DC3型機が袋をつるして2、3日おきに飛んだ。軍か役所の職員が、肩書も氏名も名乗らず、家族の健康状態を調べて回った…。

 「こっそり放射能のことを調べていたのよ。私たちは仕事や育児に追われて、考えるゆとりなんてなかったわ。原爆を造ってることさえ知らなかったし、まさか軍が勧めた土地に放射能汚染なんて思いもしなかったの」。ベティーさんは声を震わせた。

28戸中27戸に被害

 放射能汚染を知ったロバートさんは、州議会議員に立候補したこともある農場主、トム・ベイリーさん(42)らと、1マイル(1.6キロ)四方の28戸を調べてみた。大半は退役軍人。調べが進むにつれて、恐ろしいことが分かってきた。

 流産を7回繰り返した婦人、骨髄がんで娘を亡くした夫婦、奇形の子を殺して母親が自殺、父もがんで死亡し、廃屋になった農家…。健康に異常のないのは1戸だけ。27戸は何らかの問題を抱えていた。だれ言うとなく、この地区を「死の1マイル」と呼ぶようになった。

 コロンビア盆地は、西風がよく吹く。ハンフォードの東から北東に広がるメサは、核工場のちょうど風下である。

放射能汚染食料

 「死の灰はかなり降ったに違いない。放射能汚染づけとも知らず、ミルク、肉、野菜を食べ続けた結果が『死の1マイル』…。知ってさえいたら、あんな無謀は絶対に許さなかったのに」。温厚なモルモン教徒の多い土地柄。ロバートさんもその1人だが、穏やかな表情は消えていた。

 ハンフォード教育連合(HAEL)などの調査で、核工場は放射能を放出しただけでなく、地下タンクの放射能漏れで地下水をも汚していた。

 「ハンフォード核汚染は、過去の1時期の問題じゃない。地下水、川、土壌…。現在も進行中なんだ。しかも、詳しく調べれば『死の1マイル』は、周辺にもきっとある。『悲劇』の幕は、上がったばかりだ」。そう言ってロバートさんは、こぶしを握りしめた。