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世界のヒバクシャ

2. 食物汚染で体内蓄積

第2章: ソ連
第3部: 国境超えた原発汚染―スウェーデン

肉の摂取 1カ月に100グラム以内

 クリンプフェール村でブリンド夫妻らに会ったその足で、隣のサクナス村を訪ねた。放射能汚染の実態をもう少し詳しく知りたかったからである。

 「これ、一口食べてみるかい?」。グスタフ・フィエルストラムさん(62)が、トナカイ肉の薫製をナイフでそぎ取って、何気ない表情で差し出した。彼はノルウェー国境に近いサクナス村に住む高校の地理教師で、サーミとして、父親から薫製作りの手ほどきを受け、伝統の味つけを誇りにしてきた。

 一切れもらって口に入れた。ゆっくりかむと、香ばしい風味が口いっぱいに広がる。「こりゃ、なかなかいけますね」

 その答えにうなずいた彼だが、急に表情を変え「実は、このトナカイ肉は…」と口ごもりながら話し始めた。「研究所で調べてもらったら、1キログラム当たり5千ベクレルのセシウムが検出されたというんだ。『1カ月に100グラム以上食べないように』と注意されたよ。でも、まだ信じられない。どうだろう、ヒロシマで放射線量を測定してみてくれないか」

 サーミにとってトナカイ肉は主食である。大人で1日500グラムは食べる。1年間で食べる180キログラムは、トナカイ4頭分に相当する。「それが1カ月100グラムなんて、食べるなというのと同じだよ」。フィエルストラムさんは、恨めしそうにチェルノブイリ事故後の模様を話した。

マスにもセシウム

 汚染のひどい地域のサーミは、「死の灰」の影響が比較的軽かったラップランド北部から肉を買って食べる羽目になった。だが中には、汚染を承知で自分のトナカイを食べ続ける人もいる。サーミが肉に次いでよく食べる淡水魚のマスやイワナも、セシウムが流れ込む湖で捕るので、汚染がひどい。

 セシウムの体内摂取を避ける道はただ1つ、汚染食品を食べないことだ。しかし、ほとんど自給自足のサーミにとって、それは死の宣告にも等しい。農薬とも車の排ガスとも無縁の地で、最も安全であるはずのトナカイや淡水魚といった自然の恵みを享受してきた彼らが、今や「スウェーデン国内で最も多量の放射性物質を摂取したグループ」にランク付けされてしまった。

 ラップランドに近いスウェーデン北部の古都ウメオ市にあるウメオ大学放射線物理学部は、原発事故があった1986年から6カ月ごとに30人(女性11人)のサーミの体内セシウム量を、ホールボディ・カウンターで測定してきた。

 「これまでの最高は、男性19万3千ベクレル、女性8万4千ベクレル。今年初めの平均測定値は、男性2万6千ベクレル、女性1万1千ベクレルだった」。学内を案内しながら、ヨーラン・ビックマン教授(49)は、そう説明してくれた。約30ベクレルという日本人の平均値と比べると、彼らは360倍から860倍にもなる。

 「でも大丈夫。仮に2万ベクレルでも、国際的な被曝許容線量(年間0.1レム)以下だから、健康には問題ない」とビックマン教授は楽観的な見方をしている。

 だが、がん研究で知られるカロリンスカ研究所のラーズ・エングステッド教授(68)は「今の段階で影響なしとは言い切れない。内部被曝については未知の部分があまりにも多い」と反論する。

 フィエルストラムさんから預かったトナカイ肉を広島大学工学部の応用原子核教室で測定した結果は、やはり5千ベクレルだった。日本の輸入規制値(370ベクレル)の13倍強に相当する。彼に結果を伝えると、国際電話の向こうから「やっぱりそうか」と寂しそうな声が小さく聞こえた。