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世界のヒバクシャ

4. 政府冷淡 コルシカ島の被曝

第5章: 英国 • フランス
第2部: 閉ざされた核情報―フランス

島の巡回医の警告

 古ぼけた回診車は、コルシカ島の曲がりくねった坂道をゆっくり上った。車を運転するズニ・フクニエ医師(39)が「今から行く村は、甲状腺の障害者が多いんだよ。チェルノブイリ事故の影響でね」と教えてくれた。

 島の北西にあるスペロンカトー村は、修道院を改装したフクニエさんの自宅兼診療所から5キロの所にある。人口は170人ほどで、石造りの古い住まいが、肩を寄せ合うように岩山の山頂に建つ。

 「エミリ、のどの調子はどう?」とフクニエ医師が声をかけると、はにかんだ女の子の顔が母親の後ろへ隠れた。こうして彼は、甲状腺障害の子供や老人の家を、1軒1軒回る。9つの村を受け持つ彼に、村人は全幅の信頼を寄せる。

 地中海に浮かぶコルシカ島は、面積約8,500平方キロで、広島県よりやや広く、人口は22万人。この観光の島コルシカに、チェルノブイリ原発の「死の灰」が雨とともに降り注いだのは、事故から6日後の1986年5月2日だった。しかし、放射能汚染の事実は、フランス政府からでなくイタリア経由で伝わった。

 「政府は雨が降った後も、放射能の汚染はないと言い続けていたんだ。ところが、イタリアの友達に電話をかけたら、ミルクや野菜がやられて大騒ぎだという。こりゃ大変。なんとかしなくてはと思ったよ」。フクニエさんは、さっそく村を巡回して、野菜、肉、羊やヤギの乳を口にしないよう説いて回った。その間も政府は、新聞、テレビを通じて「放射能の影響はない」の一点張りだった。

羊の乳の分析迫る

 「ヨーロッパ中が防護策をとっているのにフランスだけ安全なはずがない」。こう確信した彼はたまりかねて、5月12日にパリの放射線防護委員会へ羊の乳を送り、分析を求めた。

 案の定、1リットル当たりのミルクから4,400ベクレルのヨウ素131が検出された。ヨウ素131の半減期が8日であることから逆算すると、コルシカに降った当日は7万ベクレルになる。EC諸国で定めている摂取基準が500ベクレルだから、結果を聞いた時のショックは大きかった。彼はサンプルを送るまで調査すらしなかった政府に失望しつつも、村人の健康を注意深く観察し続けた。

 やがて不安は現実となった。もともとウイルス性の甲状腺障害が多かったところへ、事故直後から子供の甲状腺肥大が増え、のどの障害を訴える老人も多くなった。「事故後2年間、甲状腺に何らかの異常がある村人は3倍にもなった」とフクニエさんは指摘する。

 がんの増加を懸念する彼は妻と連名で、政府に徹底した医学調査を求める手紙を書いた。だが、政府から届いた1通の手紙には「放射能汚染を心配することはない」とだけ書かれていた。

 フランス政府は、放射能汚染問題になぜこうも冷淡なのか?フクニエさんは次のように分析する。

 フランスでは現在、53基の原発が稼働している。総発電量に占める原発の比率は69.9パーセントにものぼり、「3軒のうち2軒の電気は原発」という世界一の原発大国である。だからチェルノブイリ事故によって、自国の原発政策が批判にさらされる事態は避けたい。それが汚染問題に無関心を装い、情報を統制する理由だ、というのだ。

 「自由・平等・博愛」の3色旗を掲げて200年の歴史を誇るフランスだが、原子力政策に関する限り、その伝統もかすむ。

 「当分、島の人の健康から目が離せないよ」。フクニエさんは、そう言って次の巡回地へ向け、車を走らせた。