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世界のヒバクシャ

3. 鉛の棺

第6章: ブラジル • ナミビア
第1部: 光る粉の惨事―ブラジルのセシウム汚染

1カ月に4人死亡

 「光る粉」の正体が、人間の命を脅かす放射性物質セシウム137と分かると、ブラジル政府、軍が乗り出した。重症の被曝者14人は、急きょ900キロ離れたリオデジャネイロのマルシリオ・ジーアス海軍病院へ空輸された。

 重症者の中には、セシウム137を近所に配ったデバイルさん、もらって帰ったイボさん、それを口に入れた娘のレイデちゃんらもいた。しかし医師の努力もむなしく、入院から1カ月の間に、レイデちゃんを含む4人が命を失った。デバイルさんの妻マリアさん(当時37歳)、廃品回収手伝いのイスラエル・サントスさん(同22歳)、アドミルソン・ソーサさん(同18歳)である。

 セシウム137による4人の死は、市民に大きな衝撃をもたらした。悲嘆にくれる遺族は、放射線に対する市民のおののきが原因で、思いもかけぬ事態に遭遇した。

 左手のセシウム137の傷跡が痛々しいイボさんが、娘の死後に起こった異常事態を、涙ながらに語ってくれた。「セシウムの傷がひどいんで、私はレイデの葬儀に立ち会うことも許されませんでした。後で聞くと、娘は重い鉛の棺に入れられて葬られたんだそうです。それも、墓地周辺の人が大騒ぎする中を…。セシウムの毒が広がる、と言って付近の人が反対したんですよ。棺に石を投げつけた人もいたそうです」

警官に守られ棺埋葬

 4人の墓は、ゴイアニアの中心街から車で30分ほどの小高い丘にある。斜面に十字架を立てただけの質素な墓が続くその向こうに、セシウム137の犠牲者が眠る巨大な墓が4基並んでいた。

 最も小さいレイデちゃんの墓でさえ、横2メートル、縦4メートルもある。案内してくれたレイデ財団のハリム理事長が「汚染を防ぐためなんです」と、沈痛な表情で説明した。遺体を厚さ6センチの鉛で密封し、その上を銅板ですっぽり覆ってある。棺の重さは600キログラムになるが、それだけではない。墓穴は厚さ30センチのコンクリートで固められ、棺を入れた後、さらに上部を同じ厚さに塗り固めた。

 徹底した2次汚染防止の手だてにもかかわらず、付近の住民は埋葬に反対した。イボさんが悲しそうに話した棺への投石が、それを如実に示している。レイデ財団で、埋葬の模様を撮ったスライドを見せてもらった。

 墓地の入口近くの路上が映し出される。住民が手をつないで棺を載せたトラックを取り囲む。棺めがけて石を投げつける青年や、盾と警棒を持ちヘルメット姿で警備する警官の一群も見える。棺をクレーンでつり上げる場面では、警官が隊列を組んで、反対住民を遠ざけている。

 ハリム理事長によると、棺を取り囲んだ住民は、ふもとの市営アパートに住む人や周辺の土地を持つ地主ら300人以上だという。汚染を恐れた人が多かったが、中には「地価が下がる」と食い下がる人もいた。

 イボさんは病院で「棺は6つ用意してある。次はお前だ」とまで言われた。「オレのことはいいんだ。レイデのことを思うと口悔しくて…。それもこれも、あの『光る粉』のせいなんだ」。

 セシウムは人間の心まで侵してしまう。イボさんはそう言いたかったのだろう。