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世界のヒバクシャ

3. 原発をどうする

第7章: ノーモア核被害
第1部: 「核」の未来

世界の趨勢は「原発慎重論」

 被害が拡大の一途をたどるチェルノブイリ原発事故は、当然のことながら世界各国の原発計画に大きな影響を与えた。ここで過去4年間の世界の原発動向を年表風にたどってみると、各国で原発がどのように位置づけられているか分かる。

 [1986年]ユーゴ政府「長期電力計画策定まで原発を建設しない」と声明(6月)▽スイス 大統領「40年以内に原発廃止」を表明(7月)▽オーストリア政府が建設済みのズベンテンドルフ原発の解体を指示(9月)

 [1987年]メキシコ鉱山省「安全が証明されるまでラグーナベルデ原発を稼働させない」 と発表(2月)▽スペイン政府、高レベル廃棄物処分の実験場建設を断念(10月)▽イタリアの国民投票で80パーセント近くが原発に反対(11月)▽イタリア、原発モラトリアム法案を可決(12月)▽同年、オランダ、フィンランドも新規原発計画の凍結を決める

 [1988年]スウェーデン政府、1996年までに2基の原発閉鎖決定(2月)▽スイス国民議会、カイザーアウダスト原発の建設中止を決定(9月)▽ベルギー政府、新規原発の計画中止(12月)

 [1989年]西ドイツ政府、ワッカースドルフ核燃料再処理工場の建設断念(4月)▽米サクラメント市で運転中のランチョセコ原発、住民投票で閉鎖決定(6月)▽米ニューヨーク州のショーハム原発を州政府が1ドルで買い取り、解体へ(6月)

 米国はチェルノブイリ原発事故以前の1979年にスリーマイルアイランド原発事故を体験している。以後、米国内では新規の原発発注は1件もない。スウェーデンは2010年までにすべての原発を廃棄することを決めている。チェルノブイリ原発事故は、こうした後退ムードに弾みをつけ、世界の原発計画を大きくスローダウンさせた。年表が示すように、原発をめぐる世界の趨勢は「慎重論」とみてよい。

 最近になって、地球環境問題への関心が高まり「原発再評価」の動きが出始めている。化石燃料の多用が地球の温暖化を招くという懸念から、「炭酸ガスを排出しない原発は地球環境保護に貢献する」との意見が聞かれ始めた。それにスウェーデン国内の一部で原発全廃を見直そうという機運が出てきて、チェルノブイリ事故以後「慎重論」の前に沈黙していた「原発推進論」が勢いづいた。その先頭を走るのが、原発依存率世界1(69.9パーセント)のフランス、それにソ連と日本である。

 3国のうちソ連は「原発推進」の看板を掲げてはいるものの、現実にはチェルノブイリ事故以来、各地で住民の反対にあって、むしろ後退を余儀なくされている。クラスノダール、ミンスク、オデッサ、アルメニアなどの原発は計画中止・閉鎖となり、1990年3月にはウクライナ共和国最高会議から、チェルノブイリで稼働している3基の閉鎖要求を突きつけられている。

非現実的な日本の原子力政策

 フランスと日本は「推進」の姿勢を変えていない。フランスの場合、1992年の欧州共同体(EC)市場統合を控えて、原子力大国を目指す。一方、エネルギー小国日本は、化石燃料依存型から原子力依存へというシナリオを変えてはいない。

 1990年6月、通産大臣の諮問機関である総合エネルギー調査会は、2010年までの日本のエネルギー政策の基本となる「長期エネルギー需給見通し」を決めた。それによると原子力発電の総設備容量を現在の約3千万キロワットから2010年には7,250万キロワットに増やす。そのため今後20年間に100万キロワット級原発を40基建設するというのだ。これには反原発の住民団体が反発しただけでなく、電力業界からもその実現性に疑問の声が出ており、計画通り進む可能性は薄い。

 日本の原発は20年前、発電電力量の0.5パーセントに過ぎなかった。現在はそれが26.2パーセントにまで拡大しており、1999年には34パーセントまで伸ばす計画である。しかし、チェルノブイリ事故が日本の原発立地に与えた影響は大きく、住民の反対運動で各電力会社とも立地が難航し、計画は大幅に遅れている。

 私たち取材班はチェルノブイリ、スリーマイルアイランドの両原発を訪ね、事故現場や周辺を歩いた。そして原発の「安全神話」がいかに脆いものであるかを思い知らされた。原発の設計に携わったことのある元技師で『原発はなぜ危険か』(岩波新書)の著者である田中三郎さんは、圧力容器のゆがみ矯正の経験などをもとに、原発の安全性に疑問を投げかけている。特に、圧力容器は中性子の照射によって脆くなること、古い原発と新しいのとでは安全基準に大きな違いがあることを鋭く指摘している。

立ち止まる勇気が必要

 「安全神話」の崩壊は、そのまま「原発はメーターで計れないほど安くつく」と形容される「経済神話」の崩壊にもつながる。事故を起こしたスリーマイルアイランド原発2号炉の場合、建設に要した費用は7億ドル(980億円)だった。これに対して事故以後の汚染除去費用は10億ドル(1,400億円)かかっている。この他に株の値下がりなどを加えた損失総額は40億ドル(5,600億円)に達する。

 原子炉が暴走してしまえば、経済性どころではない。環境は徹底的に破壊され、その影響が国境を越えて膨大な範囲に及ぶことはチェルノブイリ事故が立証した。環境破壊は遠くスウェーデン北部のラップランドにまで及び、トナカイを追って暮らしてきたサーミの伝統的な生活文化まで破壊し尽くそうとしている。健康破壊がいかに深刻で、いまだに破壊の実態すらつかめないことは、この章の前段ですでに触れた。

 こうした事実を真正面から見据えた結果が、この4年間の世界各国の原発に対する姿勢ではないか、と私たちは思う。原子力エネルギーを利用する技術が、まだ完成された技術でないことはだれもが知っている。それを、事故を契機に立ち止まって考えてみるか、走りながら考えるか。前者が世界の趨勢だとすれば、日本はその流れにあえてさからって「推進」の道をひたすら走っている。

 核被害の原点であるヒロシマの記者として、世界の放射線被害者を見てきた私たちは、今、何より大事なのは立ち止まる勇気だと思う。