ヒロシマの道標 『嵐の中の母子像』 愛の力 核廃絶の誓い

 平和記念公園(広島市中区)の南、噴水の手前。平和大通りの緑地帯にこの像はある。

 「右手に乳飲み子を抱きしめ、左手は、後ろから取りすがる子を背負いあげようとしている。片足を大きく踏み出し、上体をぐっと前に傾けて、嵐の正面に立っている総身の筋肉は、母の愛の強さを感じさせる」「私たちは広島の母としての決意を示すとともに、ここを訪れるすべての人々に無言の訴えを続けるため、この像を建てたい」

 半世紀前の1960年、像を建立した広島市婦人会連合会(現広島市地域女性団体連合会)の建設趣意書に書かれた文章である。

 高さ1・45メートル、幅1・82メートル。作者は本郷新(しん)(1905~80年)。53年に47歳で制作した。「わだつみの像」でも知られる彫刻家だ。本郷は52年に初めて欧州を訪れ、幼いキリストとマリアの母子像に多く触れた。帰国後、より日本的な仏教美術に目を向ける中、戦後日本の新しい母子像を求めて生まれたのが、この「嵐の中の母子像」だった。

 作品はその年、新制作協会展に出品。石こう像は59年、広島であった平和美術展で展示され、多くの人たちの注目を浴びた後、広島市に寄贈された。市婦人会連合会による鋳造費募金の呼びかけに経済界などが応え、60年8月にブロンズ像を完成させた。

 毎年、8月6日には広島の女性たちが像の前に集まり、核兵器廃絶を誓い合っている。今年も約150人が折り鶴と花束をささげて「原爆を許すまじ」を合唱した。(難波健治)

(2011年9月5日朝刊掲載)
ページTOP