ヒロシマの道標 『エドマンド・ブランデン詩碑』 非戦論者 復興を称賛

 桜の花びらが、日本を愛した詩人の碑に舞い散っていた。広島市立中央図書館(中区)の北側にある庭。伏せた本のようにも見えるブロンズ製の碑は、縦1メートル、横1・8メートル、高さ70センチ。「ヒロシマよりも誇らしき名をもつまちは世にあらず」。碑の正面には英国の詩人で、非戦論者でもあったエドマンド・ブランデン(1896~1974年)の詩「ヒロシマ1949年8月6日に寄するうた」の英文と和訳が刻まれている。

 ブランデンは大正末期、東京帝国大(現東京大)講師を務め、戦後間もない47年に再来日した。日本の文化、教育の再建のために、全国各地を回って講演。日本を愛し、「第二の小泉八雲」とも称された。

 広島は2度訪問。初回は48年、広島文理科大(現広島大)でシェークスピアについて講演し、焦土で文化を渇望していた市民に感動を与えた。翌49年、「ヒロシマ…」を発表。復興を遂げた市民への賛辞を美しい英文でうたった。

 原爆投下30年後の75年、広島大文学部長だった桝井迪夫さん(故人)がこの詩を再発見。広島日英文化協会が中心となって詩碑を建設した。碑のデザイナーに公募で選ばれたのは、当時27歳で英国で活躍していた美術家鈴木たかしさん(64)=中区。「平和を思う市民の情熱が天上に昇るイメージを込めた」と振り返る。(西村文)

(2012年4月16日朝刊掲載)

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