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ジュニアライター発信

[ジュニアライターこの一作] 「最後のトマト」(竹本成徳著) 娘の死 覚悟した親心

 題名の「最後の…」とは、どういう意味なのだろうと思って、この本を手に取りました。原爆で全身に大やけどを負った娘に、大好物の庭のトマトを、お父さんがジュースにして飲ませます。そのシーンが私の疑問への答えでした。

 被爆者に水をあげると死んでしまう―。そう言われていた中、お父さんは娘の死を覚悟(かくご)したのだと分かりました。二度と口にできなくなる好物を、最後にあげようという親心とともに、娘に先立たれる現実を認めざるをえない悔(くや)しさが伝わってきました。

 著者の竹本さん自身も、広島市役所付近で被爆し、燃え上がる街の中を抜けて、命からがら自宅に戻りました。一瞬(いっしゅん)にして真っ黒になった空、原爆投下後に低空で飛ぶ敵機の操縦士の表情、がれきの下から助けを求める声…。冷静な観察眼を通した体験記は、優しく語りかけるような文章とはうらはらに、当時の情景が目に浮かぶようで、圧倒(あっとう)されました。

 どれだけたくさんの人が愛する家族と別れ、安否を心配して焼け跡(あと)を捜したのでしょう。家族を思う人々の愛情と、悲しさに心が打たれる一冊です。(中1川岸言織)

(2015年11月2日朝刊掲載)

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