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ジュニアライターがゆく

Peace Seeds ヒロシマの10代がまく種(第6号) 平和を知らない子どもたち 当たり前の生活 遠く

 体制派と反体制派、宗教間、部族間の争いなど、世界中で紛争(ふんそう)の絶える間がありません。そこで犠牲(ぎせい)を強いられているのは、私たちジュニアライターと同じ子どもたちです。

 紛争下の子どもたちは、住むところを追われたり、学校に通えなかったり、行きたいところへ自由に行けなかったりしています。不当に逮捕(たいほ)される恐(おそ)れや、生命の危険もあります。日本に暮らす私たちにとって「当たり前の生活」が送れていないのです。

 今回、ジュニアライターは、インターネットのテレビ電話を通じて、パレスチナに暮らす子どもから生の声を聞き、過激派組織「イスラム国」から逃(のが)れてきたイラクの子どもにアンケートしました。カンボジアの内戦期に少年兵だった男性にもインタビューしました。「遠い世界」を、もっと身近なものとして捉(とら)える必要があります。

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パレスチナ 占領今なお

 第2次世界大戦後、ユダヤ人が自分たちの国をつくるためパレスチナに住んでいた人を排除(はいじょ)しました。その後1993年、パレスチナとイスラエルの間で和平合意が結ばれました。

 しかし細かい中身が未定で、パレスチナに自治が認められるはずが、イスラエルによる占領(せんりょう)状態が続いています。

 NPO法人ピースビルダーズ(広島市南区)元パレスチナ事務所代表の今村沙絵さん(29)によると、ヨルダン川西岸では、今は銃撃(じゅうげき)戦はありません。子どもたちは学校に行き、食料品も普通(ふつう)に買え、日本と変わらない暮らしもあります。

 でも、「イスラエル兵に石を投げた」として逮捕(たいほ)される子どもが年間200人もいます。家の取(と)り壊(こわ)しを要求される、壁(かべ)や検問所に遮(さえぎ)られて自由に行動できない、といった現実もあります。

 ガザ地区では空爆(くうばく)があるなど、命も危ないほどの生活を送っていますが、ヨルダン川西岸などへ移動することもできないそうです。(上岡弘実、14歳)

子どもも逮捕 日常的

 パレスチナのヨルダン川西岸に住む10~16歳の子ども15人に、インターネットによるテレビ電話で取材しました。

 現地では、多くの子どもたちが恐怖(きょうふ)や不安を抱(かか)えて生活しています。マリアム・アルブラバラウィさん(15)は「子どもでも逮捕(たいほ)されて刑務所(けいむしょ)に入れられるのが日常」と言います。サラ・マディアさん(11)は「催涙(さいるい)ガスも使われる」。アイハム・ルシード君(15)はこの日、集合場所に来る途中(とちゅう)の橋にいきなり検問所が設けられ、理由もなく長い時間止められたそうです。

 今の状態が「平和ではない」と答えた子どもたち。自由を得ることが平和の前提と言い、「パレスチナが国として独立し、国際社会に認めてほしい」と願います。

 このような状況(じょうきょう)下でも、日本の子どもと同じように楽しみや夢があります。フセイン・カラジャ君(16)は「サッカーをしたり自転車に乗ったりするのが好き」と話します。読書やフェイスブックを楽しむ、という人もいました。将来「俳優になりたい」という女の子もいます。

 現状を変えるために日本でも協力できることがあると言います。「国際法上、違法(いほう)な入植地でイスラエルが作った商品を買わないでほしい」と子どもたちは教えてくれました。(河野新大、17歳、谷口信乃、16歳)

生徒ケアへ先生支える

 ピースビルダーズは2012年から、ヨルダン川西岸で子どもたちのストレスケアのため、ドラマやゲームを使った教育支援(しえん)をしています。ワークショップ形式で、与(あた)えられた役割を演じていろんな立場から物事を考えたり、聞き手に伝えることを意識して自分の気持ちなどを話したりしてもらいます。

 実際には、先生たち教育者向けに実施(じっし)します。受講者は学校に戻(もど)って、生徒たちに実践(じっせん)するのです。これまで227人の先生たちが参加しました。

 怖(こわ)い存在だった先生が身近になり、子どもは心を開くようになりました。集中力も高くなり、自分の気持ちをコントロールできるようになったそうです。先生も子どもの視点で接することで、コミュニケーションがスムーズになる効果が見られるそうです。

 ピースビルダーズは、この支援をガザ地区でもやりたい、と希望しています。(山田杏佳、16歳、見崎麻梨菜、15歳)

イラク「イスラム国」の影

 過激派組織「イスラム国」の攻撃(こうげき)を逃(のが)れて昨年6~8月にイラク北部のクルド人自治区に避難(ひなん)した子どもたちは、先行きの見えない生活に不安を感じています。NPO法人ピースウィンズ・ジャパン(広島県神石高原町)の協力で、現地の12~16歳の子どもに、避難生活についてのアンケートに答えてもらいました。

 子どもたちは、私たちが考える「普通(ふつう)の生活」が送れていません。「友達とサッカーをしたい」「絵を描きたい」「友達と遊びたい」と答えています。中でも多かったのが「学校に行きたい」という意見。「学校がない」「お金がない」ので行けないのです。学校に行くことができている子どもも「友達や良い先生がいない」「今は毎日行けていない」と記していました。

 子どもたちにとって「平和」とは「古里で幸せに暮らすこと」「治安が良いこと」「『こんにちは』と言い合えること」だそうです。「平和実現のためには世界中の人たちと協力することが必要」と訴(うった)えています。(木村友美、18歳)

避難生活 広島から支援

 ピースウィンズ・ジャパンは、イラク北部のクルド人自治区で、避難(ひなん)生活する人々への支援(しえん)活動をしています。現在、シリアから避難してきた約23万~24万人のクルド系難民と、イラク南部などからの国内避難民約100万人がいます。

 シリア難民は、2011年に起きた「アラブの春」と呼ばれる民主化運動による政府軍と反政府軍の紛争(ふんそう)から逃(のが)れてきました。国内の避難民は、過激派組織「イスラム国」と政府軍との戦闘(せんとう)などにより14年6月ごろから急増しています。

 ピースウィンズ・ジャパンは、シリア難民のキャンプ8カ所や国内避難民のいる6、7カ所で、現地政府や国連機関と協力しながら活動しています。シェルター建設や灯油などの物資供給に加え、学校建設や子どもの健康診断(しんだん)、眼鏡や補聴器(ほちょうき)の提供もしています。

 現地駐在(ちゅうざい)員の深川啓さん(31)は「彼らが古里で生活できるようにしたい」と話します。今後、難民や避難民の増加を見据(みす)えて、衛生環境(かんきょう)の改善などに取り組みたいそうです。(木村友美、18歳)

カンボジア 小5で戦地

 カンボジア出身で広島市中区でカンボジア料理店を開くリー・サルーンさん(36)は、物心ついた時から、国は内戦状態でした。「戦争ばかりで、夢なんてなかった。夢を考えることもなかった」と振(ふ)り返(かえ)ります。食べ物もなく、学校にもロケット弾(だん)が飛んでくるので逃(に)げていました。「30分か1時間しか勉強できなかった」と言います。

 小学5年の時、少年兵として戦地に行かされました。当時は学校制度が整っておらず、14、15歳だったそうです。何も知らされず、学校でトラックに乗せられたのです。政府の命令でした。家族に別れを告げることなく戦死した子どもも大勢いたそうです。

 家族や友人、食べ物、勉強する時間を奪(うば)ってしまう戦争や紛争(ふんそう)。リーさんは「自分の経験を二度と繰(く)り返(かえ)さないよう、未来に伝えたい」と話します。今はほぼ安定しているカンボジア。今後、国内に公民館を建てたり、地雷(じらい)の知識を生かしてスーダンで地雷撤去(てっきょ)をしたりしたい、と考えています。(福嶋華奈、16歳=写真も、岡田輝海、14歳)

私たちができること

 ◆本や新聞を読んで自分の知識を深め、身近な人(友人や家族)に紹介(しょうかい)する。また、募金(ぼきん)活動をする。

 ◆インターネットを使ったテレビ電話など会員制交流サイト(SNS)で、現地の子どもたちと交流を深め、互(たが)いの視野を広げる。

 ◆NPO法人などのスタディーツアーに参加して、実際に現地の状況(じょうきょう)を知る。

 ◆紛争地域の様子などをフェイスブックなどで発信する。(まとめ・川市奈々、13歳)

(2015年3月26日朝刊掲載)

<ピース・シーズ>
 平和や命の大切さをいろんな視点から捉(とら)え、広げていく「種」が「ピース・シーズ」です。世界中に笑顔の花をたくさん咲(さ)かせるため、小学6年から高校3年までの44人が、自らテーマを考え、取材し、執筆(しっぴつ)しています。

【編集後記】
 毎回テーマ会議をすると、してみたい取材が多くて、一つにまとめるのが大変ですが、今回は2回目の会議でやっと決まりました。僕はこれまでも紛争地域の子どもたちに興味があったので、インターネットによるテレビ電話で生の声を聞けたのは楽しかったです。(河野)

 取材が終わった後に気付いたのですが、僕はリー・サルーンさんの経営するカンボジア料理屋さんに行ったことがありました。とてもおいしかったのでまたいつか行きたいです。(谷口)

 パレスチナの子どもたちに「困っていることは?」と聞かれ、ジュニアライターの1人が「彼女がいないのが悩みです」と答えると、画面に映った子どもたちの反応が微妙でした。変なことを言ってしまったかなあ、と思いました。面白かったですが。(山田)

 今回の取材は難しいことばかりでした。テーマ会議は夜遅くまでやっても決まらないほど悩んだし、やっと決まった取材も少し内容が難しかったです。でも、取材したことが形にはなったので満足しました。(見崎)

 5年半続けたジュニアライター生活に終止符を打ちます。私の人生はジュニアライターによってかたどられたといっても過言ではありません。尊敬できる大人記者や先輩、かわいい後輩に恵まれ充実した時間を過ごせました。ありがとうございました。(木村)

 初めて外国の人に取材をしました。最初は怖い人だったらどうしよう、と少し不安でしたが、優しい人だったので良かったです。(岡田)

 回の取材は午後6時からだったので、とてもおなかが空きました。リー・サルーンさんのカンボジア料理が食べたくなりました。(福嶋)

 紛争地域にいる子どもたちは、私にとってニュースでしか見ることのない遠い存在でした。ですが、この取材で紛争地域の子どもたちが身近に感じるようになりました。また、取材前に調べている段階で、以前に私の家にホームステイに来た女の子とフェイスブックで再会できて、いい経験になりました。(川市)

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