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ジュニアライターがゆく

『ジュニアライター発』 東北被災地を訪問 進まぬ復旧 速い風化 過信せず大地震に備え

 私は、カメラメーカーなどが主催(しゅさい)する2泊3日の東北スタディツアーに参加し、福島、宮城、岩手3県の太平洋沿岸部を回りました。東日本大震災3年後の2014年に始まり、今年で3回目のツアー。今回は全国から11人の高校生が参加しました。(高2正出七瀬)

 最も印象に残ったのは、福島県南相馬市の小高区です。7月に東京電力福島第1原発事故の避難(ひなん)指示が解除されたばかり。「除染中」というのぼりを立てて作業をしている人を見かけました。しかし、それ以外の人影(ひとかげ)は、ほとんどありません。立ち並ぶ荒廃(こうはい)した家からは5年半という時間の長さを感じました。

 一方、折れ曲がったままのガードレールを目にすると、5年半前から時間が止まっているようでした。海岸近くには草原が広がり、多くの鳥や虫が飛んでいました。震災前、何があったのか全く分からなくなってしまっています。海は静かに波打っていました。

 ツアー中、多くの人に震災当時や今の暮らしについて聞きました。中でも、同市原町区で暮らす上野敬幸さん(43)と岩手県陸前高田市の佐藤一男さん(50)の話が心に響(ひび)きました。

 上野さんは、津波(つなみ)で両親と子ども2人(当時8歳、3歳)を亡くしました。今は、まだ見つかっていない人を捜(さが)したり、町に花を植えたりするボランティア団体「福興(ふっこう)浜団(はまだん)」の代表をしています。

 「同じ福島県内の人から『津波だけならよかったのに』という言葉を聞いて許せなかった。宮城や岩手と同じように、福島でも多くの人が津波で亡くなっているのに」と上野さん。私自身、福島と聞いて連想するのは津波ではなく原発だったので、はっとしました。

 防災士の佐藤さんは、陸前高田市で被災(ひさい)した後、避難所の運営に携わりました。現在は市内の米崎小にある仮設住宅の自治会長をしています。「建物を直すのは、復興ではなく復旧。復旧は、形は少しずつ見えてきたが、それさえもまだまだ」と話します。人口の減少や、若者の流出、観光資源が奪(うば)われたことによる地域経済への影響(えいきょう)に加え、仮設住宅に暮らす人たちが孤立(こりつ)する懸念(けねん)など、多くの課題を知りました。

 被災地の現状を見て、復旧より風化のスピードが明らかに速いと感じました。災害の多い日本で暮らす私たちにできることは、いざというときのために、東日本大震災を忘れないこと、そして自分を過信しないことだと思います。

 広島県は災害が少ないとよく言われます。しかし、防災拠点(きょてん)や学校の耐震化(たいしんか)率が、全国最低レベルである点を考えると、危機感が薄いと言えます。もし今大地震が起きたら、あなたは誰(だれ)と何を持って、どこへどうやって逃(に)げますか。きちんと考えておく必要があります。

(2016年10月10日朝刊掲載)

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