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ジュニアライター発信

[ジュニアライターがゆく] 来年発効 核兵器禁止条約を知ろう

 核兵器の開発や実験、使用などを全面禁止する「核兵器禁止条約」が、来年1月22日に発効することが決まりました。2017年7月に国連で採択(さいたく)されてから3年余り。中米の国ホンジュラスが「批准(ひじゅん)」と呼(よ)ばれる手続きを終え、発効に必要な50カ国・地域に達しました。核兵器が「違法な兵器」となります。被爆者たちは「核兵器廃絶(かくへいきはいぜつ)への大きな一歩」だと喜びました。しかし、核保有国や日本は参加していません。どんな課題があるのでしょうか。中国新聞ジュニアライターは、専門家から学んだり、賛同を呼び掛(か)ける被爆者たちを取材したりしました。

日本や米露加盟せず 保有国に視線厳しく

広島修道大の佐渡教授 市民の働き掛け 鍵

 核兵器禁止条約の特徴(とくちょう)や、世界に与える影響(えいきょう)について広島修道大国際コミュニティ学部の佐渡紀子教授(平和学)に聞きました。

 佐渡教授によると、核兵器廃絶を巡(めぐ)る世界の動きは「2000年代に入って大きく変わった」そうです。13、14年に3回、核兵器を持たない国の一部が「核兵器の人道的影響(じんどうてきえいきょう)に関する国際会議」を開催(かいさい)。その中で、核兵器の「非人道性」の議論(ぎろん)が広がりました。核兵器は国の安全や命を守っているのではなく、市民を無差別に犠牲(ぎせい)にする危険すぎる兵器、という考え方です。

 被爆者や非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))などが、核兵器は非人道的な兵器だと各国政府に強く訴(うった)えました。そして17年、国連であった交渉会議で、核兵器を持たない122カ国・地域が賛成し、核兵器禁止条約が採択されました。

 核兵器に関連する条約として、「核拡散防止条約(NPT)」があります。核軍縮(かくぐんしゅく)を進める義務を定めていますが、強制力はありません。禁止条約に賛成する人たちは、NPTの足りない部分を補(おぎな)うものだと言います。

 みんなで前文を読んでみました。「hibakusha(ヒバクシャ)の受け入れ難(がた)い苦しみ」などの言葉があります。佐渡教授は「核実験も含めたより広い核被害者について触(ふ)れている」と説明します。核実験は現在まで世界で2千回以上行われ、核実験場の周りの住民の健康や、環境に深刻(しんこく)な影響を及(およ)ぼしています。

 条約に批准した国・地域は小さな国が目立ちます。米国やロシアなど、核兵器を持つ肝心(かんじん)の9カ国は、今後も加盟しそうにありません。被爆国である日本も、他の国から攻められないよう米国の「核抑止力」に守ってもらう、という方針です。核兵器が国を守っている、という考え方は根強いのです。

 異(こと)なる意見を踏(ふ)まえながら、佐渡教授は「核保有国への視線は厳(きび)しくなり、核兵器を取り巻く状況は少しずつ変わっていくでしょう」と話します。「条約の長期的な効果を期待しながら、市民は核保有国に対するさまざまな働き掛けを続けることが必要です」

広島の若者

議員の賛否発信「関心持って」

 日本が核兵器禁止条約に入ろうとするならば、国会で議論することが不可欠です。広島選出、または広島とゆかりのある国会議員に条約に関する考えを聞いている若者たちがいます。県内に住む会社員や大学生たち13人でつくる「核政策(かくせいさく)を知りたい広島若者有権者の会(カクワカ広島)」です。

 2019年1月から活動しています。共同代表の田中美穂さん(26)によると、国会議員15人に面会の依頼(いらい)をしています。これまでに8人と会いました。

 「核兵器禁止条約に賛同していますか」など四つの質問をします。「核廃絶は私の政治課題で最も重要」と主張する議員も、不安定な世界情勢を挙げて「日本政府は核兵器の必要性を理解している」と話す議員もいたそうです。やりとりは団体のホームページなどで発信しています。

 禁止条約の発効が決まった日、田中さんは海外の若者たちとオンライン上で喜び合いました。ただ「日本が署名・批准していないことが恥(は)ずかしかった」と振り返ります。「日本の核政策について同世代に関心を持ってもらいたい」と田中さん。会社勤めと両立して活動し、仲間の輪を広げています。

中満・国連事務次長メッセージ

 国連の中満泉事務次長は、軍縮担当上級代表として核兵器禁止条約の交渉会議などに関わってきました。広島の若者たちにメッセージを寄せてくれました。

被爆者たち

廃絶実現へ署名呼び掛け

「発効 ゴールではない」

 広島の被爆者と市民たち約50人が、24日に広島市中区の元安橋で道行く人に「ヒバクシャ国際署名」への協力を呼び掛けました。核兵器禁止条約に全ての国が入ることや、核兵器廃絶の実現を求める内容です。

 署名活動は、全国の被爆者団体である日本被団協(東京)が中心となって2016年に始まりました。広島県内でもみんなで力を合わせようと「ヒバクシャ国際署名広島県推進連絡会」が18年にできました。

 横断幕を掲(かか)げて「協力してください」との声に、立ち止まって署名する人も、通り過ぎる人も多くいました。もっと多くの広島市民に関心を持ってもらいたい、と思いました。被爆者の佐久間邦彦さん(76)は「たくさんの人の声が必要です」と話していました。9月までに集まった署名は1261万人分。年末まで続け、一筆でも多く集めようとしています。

 箕牧(みまき)智之さん(78)は17年、米ニューヨークの国連本部に約300万筆の目録を届ける活動に被爆者として参加しました。「条約発効はうれしいが、ゴールじゃない。核兵器のない世界を若い人たちと一緒に目指したい」と私たちに語ってくれました。

松井・広島市長インタビュー

大きな潮流に/「ヒロシマの心」共有

 広島市の松井一実市長は今年の平和宣言で、日本政府に対して、被爆者の思いを受け止めて「核兵器禁止条約の締約国(ていやくこく)になる」よう求めました。ジュニアライターのインタビューに、次のように語りました。

 禁止条約の発効が決まり、大変喜ばしく思いました。核兵器は「絶対悪」だという、被爆地から訴えてきた認識(にんしき)が世界で広がり、廃絶に向けた大きな潮流(ちょうりゅう)になるでしょう。

 同時に、核兵器のない世界への道のりが遠いことも実感しています。核保有国が、今後どのように動くのか不透明(ふとうめい)です。北朝鮮が核開発を続け、中国はすでに核兵器を持っています。だから核兵器を持つ米国と仲良くして「核の傘(かさ)」で守ってもらう必要がある、と日本政府は考えています。米国が嫌(いや)がるようなことをしたくないのだと思います。

 日本政府は、条約に入らずに「核保有国と非保有国の橋渡し役を担(にな)う」としています。ならば、まずは条約の発効から1年以内に開かれる締約国会議にオブザーバーとして参加し、世の中の動きを知るべきです。

 私が会長を務める平和首長会議には、世界165カ国・地域の約8千の都市と国内の約1700都市が加盟(かめい)しています。加盟都市でポスター展を開いたり被爆樹木を守る事業に取り組んだりして「ヒロシマの心」を共有できる活動を展開しています。

 都市や地域で連携(れんけい)して、一人一人に「核兵器はいらない」と思ってもらえば、政治を行う各国のトップを動かし、核兵器をなくすための環境づくりになります。若者向けの事業もあるので参加してみてください。

私たちが担当しました

 この取材は、高3伊藤淳仁、フィリックス・ウォルシュ、高2柚木優里奈、高1岡島由奈、桂一葉、林田愛由、四反田悠花、中2武田譲、中1中野愛実が担当しました。

(2020年11月30日朝刊掲載)

【取材を終えて】

~佐渡紀子教授の解説を聞いて~

 今までは核兵器禁止条約のニュースや、新聞などで見ていただけで、あまり深くまでは調べませんでした。しかし、佐渡教授のお話を聞いて、この条約ができるまでに長い年月がかかっていることや、たくさんの人の思いや言葉の使い方などを話し合って決められたものだと知りました。最初話し合った時は全く先の見えない話だったと思います。しかし、長い時間辛抱して核廃絶に取り組んできた人や、諦めなかった人などがいたことによって、少しでも平和に近づいていくことが分かりました。来年1月の条約の発効が決まりましたが、ここで諦めるのではなく、この条約がもっと良くなるようにまた、多くの人に知ってもらうために発信していこうと思います。(高1桂一葉)

 核兵器や核兵器禁止条約についての知識がほぼない状態でのレクチャーで、一から理解しなくてはいけませんでした。佐渡教授は、禁止条約についてできることは若い世代へのメッセージとして「諦めない気持ちで発信すること」だとおっしゃいました。教授のお話から、核兵器を保有しているだけで、運搬中の事故や盗難の事例も過去にあったことから、戦争に使用しなくても危ないということが分かりました。実際に使わなければ大丈夫だというこれまでの考えが一瞬で覆り、とても驚きました。まだ知識は浅いですが、これからも核兵器に関する情報に着目し続けていきたいです。(高1四反田悠花)

 「核兵器禁止条約ができたのはよかったが、万能ではないから他の条約等で補完する必要がある」。佐渡教授のこの言葉を聞いて、とても驚きました。条約の発効が決定して、多くの人が喜んでいるニュースが流れていたので、あとは核保有国が禁止条約に賛成すればなんとかなるのだろうと思っていました。一つのことがうまくいっても、まだ課題は山積みであるということをあらためて知りました。また、教授は私たちのような若者にもできることとして「専門知識をつけること」だとおっしゃいました。禁止条約について教授のお話を聞くまで知らなかったことがたくさんありました。これからは禁止条約だけではなく、核兵器に関することは積極的に調べようと思います。(高1林田愛由)

~ヒバクシャ国際署名の取材~

 ジュニアライターの活動を通じて出会う人や友人の多くが、核兵器について関心を持っています。そのため、広島市民は他県の人と比べて原爆に関する意識が高いのではないかと考えていました。しかし、署名活動を取材してみると、協力せず通り過ぎる人が多いことに、被爆地ヒロシマであっても平和と積極的に関わろうとしない人が多くいることに気づきました。広島の人たちは小学生の頃から平和教育を受け続けて、署名活動を見て「いつもやっている平和活動だろう」と感じてしまったのではないかと想像しました。自分事として捉えてもらうための平和教育が大切で、その効果的なやり方を探したいと思いました。(高3伊藤淳仁)

 箕牧さんのお話を聞いて、私は核兵器廃絶までまだ長い道のりがあると痛感しました。核兵器禁止条約に50か国が批准したことによって来年の1月に発効されます。箕牧さんもおっしゃっていたように条約が発効されることがゴールではなく、まだ存在する何万個の核兵器を廃絶するために活動を続ける事が大切だと感じました。完全な核廃絶を実現するためにはより多くの方々の協力が必要であり、ヒバクシャの高齢化が進む中、若者の力が鍵になってくると考えました。(高3フィリックス・ウォルシュ)

~松井一実市長へのインタビュー~

 核兵器禁止条約の発効で、ようやく議論する場所ができたのだと分かりました。ここに至るまでの長い歴史と経緯を知りました。市長がおっしゃる「大きな潮流」を作るには、小さな潮流が必要だと思います。一人一人の核廃絶への思いや行動が小さな潮流となり、みんなの意見を動かし大きな潮流となります。それが国を動かすことにつながるのです。平和首長会議の加盟都市が増えて、大きな潮流となってほしいと思います。小さな潮流づくりのために私ができることは、被爆者の方が生きているうちに被爆の実態や原爆の恐ろしさを知り、「ヒロシマの心」を理解することです。日本と外国の関係を学び、核の問題が自分に関わる大きな問題だと意識することが大切だと感じました。(中1中野愛実)

 取材で最も心に響いた言葉は、松井市長が繰り返し使っていた「ヒロシマの心」です。戦争の体験がなくても、体験がないからこそ、戦争の悲劇を忘れないことが、これから先の時代を創っていく僕たちにとって非常に重要なことだと思います。そして「ヒロシマの心」を全国・世界へ広げていくことが、僕たちのやるべきことなのだと思います。松井市長はジュニアライターの活動をとても価値のあることだとおっしゃいました。活動を通じて「ヒロシマの心」を発信していきたいです。(中2武田譲)

~カクワカ広島の取材~

 カクワカ広島の取材を通して、若者にもできることがたくさんあるということに気付きました。今までは「まだ高校生だから」という消極的な態度で可能性を狭めてしまっていました。しかし、SNSを利用したり、同世代がつながったりすることで、若者でも大きな発信力を持つことができます。何か始めようと思ってもそれを行動に移すことは難しいことですが、躊躇していては何も変わりません。核兵器禁止条約の発効が決定した今、あらためて自分自身を見直し、社会を構築する人間の1人として積極的に活動していこうと決心しました。(高2柚木優里奈)

 「楽しみながら平和活動をやったらいいと思う」と、何度もおっしゃる田中さんがとても印象的でした。私にとってジュニアライターの活動は、「毎日やりたい!」と思うほど大好きな活動です。「こんなに楽しみながら取材して、果たしてこれを平和活動と呼んでいいのだろうか・・・」と、最近悩んでいましたが、田中さんの言葉のおかげで自信が持てました。核兵器禁止条約の発効が決まりました。しかし、これがゴールではありません。日本はもちろん核保有国の条約への署名・批准を引き続き粘り強く求めていこうと、取材を通して思いを新たにすることができました。(高1岡島由奈)

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