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核なき世界への鍵

[核なき世界への鍵 禁止条約に思う] 拓殖大国際学部教授 佐藤丙午さん

廃絶の実現を遠ざける

 「核兵器なき世界」の実現はすでに国際社会の共通目標だ。特に原爆被害の惨禍を体験した日本は、核兵器が二度と使われないよう行動する責務を負う。核兵器禁止条約が、核兵器廃絶を最終目標だと法的に明確にしたこと自体は意義がある。

 だが皮肉にも、この条約は廃絶の実現を遠ざけるだろう。核拡散防止条約(NPT)の法的な穴を埋める意図であっても、実効性は別問題。核兵器の保有国や依存国の意志は置き去りだ。保有国が条約に完全に背を向け、核兵器の保持や開発を続ける構図はより固定化される。

 禁止条約の参加国が引き続きNPT体制に積極的に関わるかどうかも疑問だ。NPTはさらに形骸化し、かたや禁止条約体制は一部の非保有国だけ―。そうなれば、核軍縮をどう進めるべきかという肝心のプロセスの議論ができなくなる。マイナス面が冷静に議論されないまま(法的禁止が)条約化された。

  ≪日本政府は禁止条約を署名、批准しない方針。米国の「核の傘」は、中国や北朝鮮と向き合う日本の安全保障の中核だからだ。≫

 米国のオバマ前政権は、海軍の戦術核で最後に残っていた巡航核ミサイルの廃棄を決めた際、日本の求めで「日米拡大抑止協議」を始めた。日本のため、どんな時にどの核を撃つのか、外務・防衛両省と具体的議論を続ける。それだけ米国は、同盟国から核抑止力の弱体化が疑われないよう腐心してきた。

 なのに日本が禁止条約に入るなら、それは核の傘を自ら否定する行為。米国は、なぜ日本へ核の傘を提供しないといけないのか、と疑問を持つだろう。核抑止の信頼性と、日本の安全保障は大きく揺らぐ。

 ≪このままでは国際社会で「被爆国日本」の発信力や指導力は弱まる。被爆者や反核平和団体はそう訴える。≫

 条約賛成国は、いわば川の向こう側に渡り切り、保有国と断絶した。日本は保有国と非保有国の橋渡し役に徹するしかない。(岸田文雄前外相が提案した)核軍縮問題の「賢人会議」が広島市で開かれる。橋渡し役として正しい方向性だ。(聞き手は金崎由美)

さとう・へいご
 1966年、岡山市生まれ。一橋大大学院法学研究科で博士号。防衛研究所主任研究官などを経て2013年から現職。専門は国際関係論、軍備管理など。

(2017年9月27日朝刊掲載)

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