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核なき世界への鍵

[核なき世界への鍵 次代の力] 一筆重ね 世界動かす 署名活動

「共感の輪を」生徒模索

 原爆の日を控えた29日、原爆ドーム(広島市中区)に近い元安橋の上に、広島県内の中高生が核廃絶の署名集めに立った。盈進中・高(福山市)ヒューマンライツ部の部長で高校2年の高橋悠太さん(16)も、その一人。「若い世代のあなたたちに頑張ってほしい」。署名した高齢者にそんな声を掛けられ、自らに言い聞かせる。「続けることで、きっと変わる世界がある」

国連へ48万8829筆

 「核廃絶!ヒロシマ・中高生による署名キャンペーン」は2008年に始まり10年目となる。同校と広島女学院(中区)、沖縄尚学(那覇市)の両中高一貫校が「自分たちにできる平和貢献」として企画。趣旨に賛同する学校の協力を得て、これまでに48万8829筆を国連に届けた。

 高橋さんは街頭に立つことを何よりも大切に考えてきた。先輩から語り継がれたこんな話があるからだ。

 被爆者の女性が「ピカはいけん」と涙を流しながら名前を書いてくれた。実は前日も通り掛かったが、原爆で家族を亡くしたつらい記憶がよみがえって署名できず、再び足を運んだという。

 高橋さんは、現場でこそ感じる一筆の重みが、活動の原点であり、世界を動かせるとかみしめる。

 こうした核兵器廃絶に向けた署名は、草の根の活動として国内外で定着してきた。日本被団協は昨春、「ヒバクシャ国際署名」を新たに提唱。核兵器を禁止し、廃絶する条約を全ての国に結ぶよう求める。

 西区で美容院を営む東三恵さん(51)は顧客を通じて国際署名の存在を知った。店内に署名用紙を置いて、スタッフの田中美子さん(55)とともに呼び掛け、245人分を集めた。

 東さんの夫の祖母(故人)は自宅で被爆。生前、足にガラス片が入ったままだと話してくれた。「原爆は、その後もずっと苦しみが続く。子や孫の世代を考え、快く協力してくださった。みんな同じ気持ちなんだと思った」

新たに5ヵ国語

 核兵器廃絶に向けた運動の先頭に立ってきた被爆者が老いを深める中、その思いに寄り添い、誰もができる活動として署名がある。盈進高の高橋さんも、ある被爆者の存在を胸に刻む。広島県被団協の坪井直理事長。昨年3月、被爆体験を冊子にまとめるため、計5時間の聞き取りをした。

 その際、原爆投下を「くそったれと思った」と語った坪井理事長。2カ月後の5月、広島を訪問したオバマ前米大統領と握手を交わした。高橋さんはその後の追加取材で坪井理事長に、原爆を落とした米国への憎しみの気持ちはあるか問うてみた。「腹の底にはあるけど言わない。それよりも人類のために核廃絶を願うから」。憤りを封じ、一心に平和を希求する返答に大きく心を揺さぶられた。

 「私たちは被爆者の肉声を聞ける最後の世代。次の世代に託す使命を最も負っている」。今月7日に制定された核兵器禁止条約を「大きな光」と受け止める。被爆者の地道な訴えに、世界中の市民が連帯して形になったから。署名に取り組む高校生はキャンペーンを広げるため、新たに中国、ドイツなど5カ国語の趣意書を作った。共感をどう広げるか、柔らかい頭で思い描く。(野田華奈子)

(2017年7月30日朝刊掲載)

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