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核なき世界への鍵

[核なき世界への鍵] 2016年5月27日 広島にオバマ米大統領 そして1年

恒久平和 問われる行動

 広島は2016年5月27日、原爆を投下した米国の現職大統領として初めてオバマ氏を迎えた。「過ちは繰返しませぬから」。原爆慰霊碑の碑文に応え核兵器廃絶へ前進してほしいと願ったが、この1年、核軍縮は進まず、核超大国に失望を深めてきた。それでも被爆者は訴えを続け、国内外の大勢の市民が原爆資料館で学んでいる。「5・27」を通過点に「核兵器なき世界」へ。核を巡る国際情勢が厳しい今こそ行動を問うている。(金崎由美、野田華奈子、水川恭輔)

「先制不使用」 実現せず

 オバマ政権は2期8年で「核兵器なき世界」を掲げながら、保有核の削減を進めず、核兵器禁止条約にも一貫して反対。「言行不一致」の批判がつきまとう。

 オバマ氏が広島訪問を果たした後、核兵器の「先制不使用」宣言を採用するかどうかが一時、焦点になった。銃の引き金に指を掛け続けるに等しい危険な運用の見直しにつながる。しかし、中国の軍拡や北朝鮮の核開発問題で、米国の「核の傘」の弱体化を嫌う日本や韓国を念頭に、ケリー国務長官らが反対したとされ、実現をみなかった。

 オバマ氏は世界最強の核戦力に何ら「たが」をはめないまま、核のボタンを後任に引き継いだ。自らは退任後、核兵器問題に関する目立った発信はない。

 大統領就任前からツイッターで核戦力の強化に意欲を示す投稿をしたトランプ氏。早速、政権の核政策の基本文書「核体制の見直し(NPR)」の策定開始を打ち出した。核抑止力を「近代的で強固」にするためといい、オバマ政権のNPR冒頭で言及した「核兵器なき世界」が取り下げられる可能性すらある。

 軍事力で北朝鮮への圧力も強めている。核兵器廃絶と恒久平和を願う被爆地にトランプ氏はまだ向き合う姿勢を見せていない。

日本被団協・坪井直代表委員(92)

トランプさんの言動心配

 握った手の固さ、温かさが心に残っている。オバマさんの心の大きさ、人類のことを考える人だという感じが伝わった。また(広島を)訪れてほしい。実現したら、長崎訪問を勧めたい。ともに長崎まで行って話したい。

 この1年で心配が増えている。(米大統領の)トランプさんの言動、過激派組織「イスラム国」(IS)の動き。世界が乱れているのを嘆くばかりだ。国連の核兵器禁止条約の動きは始まりの始まり。今は人類を救えるかどうかの瀬戸際。核兵器へ向き合い、平和について皆が考えるべきだ。

歴史研究家・森重昭さん(80)

犠牲は敵味方に関係ない

 核戦争が現実になる恐れを抱いている。米国や北朝鮮の強硬な姿勢を見ると、思いも寄らない選択があるのではないか。日本も核の傘に守られる保障はない。核保有国のトップに核のボタンを押させないようにするための、国際世論をつくるのが大事だ。

 世界の指導者には、オバマ氏のように被爆地を訪れてほしい。きのこ雲の下では、敵も味方も関係なく犠牲になった。放射線の影響で後遺症が残る。核兵器がいかに二重、三重の悲劇を生むか、心に留めてもらいたい。それがブレーキになると信じている。

原爆資料館の入館者急増

 昨年度の入館者数が過去最多となった原爆資料館(広島市中区)。オバマ氏の折り鶴の公開が始まった6月と翌7月に前年比4割以上伸びた。外国人は36万6779人で4年連続の最多更新。海外27カ国・地域から551の団体客が訪れた。米仏中など、核兵器保有国からの来館が目立つ。外国語音声ガイド16言語の利用件数も9言語で前年を上回った。

 見学後の感想を記す対話ノートには「Obama」の文字が目立つ。米国から来た人はオバマ氏訪問を「誇りだ」(昨年7月4日)と記す。別に原爆投下を謝罪すべきだったとの意見も。中国語で「オバマ(奥巴馬)は広島に来たのに日本の首相はいつ南京に行くのか」(同7月11日)との問い掛けもあった。

(2017年5月23日朝刊掲載)

2016年
5月28日 トランプ氏がツイッターに「オバマ大統領は日本滞在中に真珠湾の       奇襲について議論したのか? 何千人もの米国人の命が失われた」       と投稿し、けん制

6月9日 オバマ氏が広島市へ贈った折り鶴4羽と芳名録のメッセージの公開が      原爆資料館で始まる

7月10日 オバマ政権が新たな核政策を決める見通しだと米紙が報道。核兵器       の先制不使用宣言、核兵器近代化の予算削減、核実験を禁止する国       連安全保障理事会決議などが挙がる

7月27日 広島県の被爆者7団体が原爆ドーム近くで核兵器を禁止し廃絶する       条約締結を求める「ヒバクシャ国際署名」を初めて共同で集め、日       本被団協の坪井直代表委員も街頭に

8月15日 先制不使用宣言について安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官に       「北朝鮮への抑止力が弱体化する」として反対の意向を伝達したと       米紙が報道。安倍氏は後日報道を否定

8月18日 日本被団協の田中熙巳事務局長がオバマ政権が検討する先制不使用       宣言を廃絶へ「半歩前進」と評価する一方、安倍氏の反対は「不適       切」と表明する談話を発表

9月9日 北朝鮮が5回目の核実験

9月13日 米軍が核搭載能力がないB1戦略爆撃機を韓国に派遣。21日も派       遣され、「核によらない抑止力」の模索との見方も

9月20日 オバマ氏が国連総会で「核兵器なき世界を追及しなければならな       い」と演説。北朝鮮の核実験を非難

9月23日 国連安保理が包括的核実験禁止条約(CTBT)関連会合を開き、       米国の主導であらゆる国に爆発を伴う核実験の自制を求める決議案       を採択

9月26日 日本被団協の岩佐幹三代表委員らが東京都渋谷区で国際署名の街頭       活動

10月27日 「核兵器禁止条約」制定交渉開始決議案が国連総会第1委員会で        採択。米国、日本などは反対。米国は反対と交渉不参加を求める        書簡を北大西洋条約機構(NATO)諸国に事前配布

10月27日 日本被団協が、禁止条約への反対を迫る米国を非難し、廃絶の実        現を訴えるオバマ氏宛て文書を送付

11月8日 トランプ氏が次期米大統領に当選

11月25日 オバマ政権が先制不使用宣言を断念と報道

12月1日 オバマ氏の礼状(11月21日付)が原爆資料館に届く。英語で       「あのような苦しみを二度と起こさないため、歴史を直視する共       通の責任がある」

12月27日 安倍氏がオバマ氏と米ハワイの真珠湾を訪れ、演説

2017年
1月6日 ケネディ駐日大使がオバマ氏自作という折り鶴2羽を長崎市に寄贈。      長崎市の田上富久市長はオバマ氏の長崎訪問を要請

1月20日 オバマ氏が米大統領を退任し、トランプ氏が就任

1月27日 トランプ氏がマティス国防長官に「核体制の見直し(NPR)」策       定を指示

2月10日 トランプ氏が安倍氏との首脳会談で日本への「核の傘」を確約

2月10日 田中事務局長が広島・長崎の反核団体のメンバーと外務省を訪れ、       禁止条約制定交渉会議に参加し、締結を主導するよう求める岸田文       雄外相宛ての要請書を武井俊輔政務官に提出

2月23日 トランプ氏がロイター通信の取材に、核超大国の優位性を保つた       め、核戦力拡大の意欲を表明。米ロの新戦略兵器削減条約(新ST       ART)見直しも示唆

3月27日 禁止条約制定交渉会議が国連本部でスタート。米国はヘイリー国連       大使が議場外で英仏などと交渉を批判し、ボイコット。日本なども       交渉不参加

3月27日 被爆者を代表して日本被団協の藤森俊希事務局次長が交渉会議で演       説。広島で被爆死た動員学徒の姉に触れ、全ての国が禁止条約を結       ぶよう訴え

4月6日 トランプ政権が、シリアのアサド政権軍が化学兵器による空爆をした      とし、化学兵器を保管しているとされる空軍基地を巡航ミサイルのト      マホークで攻撃

4月26日 トランプ政権が核・ミサイル開発を進める北朝鮮を「差し迫った安       全保障上の脅威で、外交の最優先課題」とする声明を発表

5月12日 核拡散防止条約(NPT)再検討会議の第1回準備委員会が閉幕。       米国は北朝鮮の脅威を取り上げて禁止条約交渉をあらためて批判       し、議長総括は条約制定に賛否両論併記

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