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核なき世界への鍵

核なき世界への鍵 マーシャルの訴え <5> ヒバク国の役割

こじ開けたい廃絶の扉

 米国やロシアは国際法上の核軍縮義務に違反しているのではないか―。マーシャル諸島は2014年、核兵器保有9カ国を相手取ってオランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)に提訴し、国際社会にそう問うた。「核兵器廃絶は政治や倫理だけでなく『健全さ』の問題でもある」。外相として訴訟を主導したトニー・デブルム氏(72)は先月、首都マジュロのホテルで中国新聞の取材に答えた。

 訴訟は、裁判に応じる義務がある英国、インド、パキスタンに相手国が絞られた上、ICJは16年10月5日、マーシャル諸島との間に核軍縮を巡る法的争いはないという3カ国の主張を認定。実質的な審理に入らず、裁判は終わった。

 ただ、「訴えの内容までは否定していない」とデブルム氏。核拡散防止条約(NPT)に加盟する英国の主張を巡っては判事16人の賛否が同数で「核兵器を巡る際どいせめぎ合いがある」(国際反核法律家協会の佐々木猛也共同会長)との受け止めも。デブルム氏は先月、米シンクタンク軍備管理協会から16年の「軍縮の人」に選ばれ、小国の勇気をたたえられた。

 一方で、約5万人の国民の世論が必ずしも核兵器禁止へ盛り上がっているわけではない。広大な海に点在する島で暮らす国民性からか「家族や島など小さな単位での利害が先行し、核兵器廃絶という大きな主張は広がりにくい」と地元紙マーシャル・アイランド・ジャーナルのギフ・ジョンソン編集長(60)は言う。

 1954年3月1日のビキニ環礁での水爆実験で住民が被曝(ひばく)し、移住生活が続くロンゲラップ環礁自治体のジェームズ・マタヨシ首長(48)は「核兵器廃絶を訴えるのは自治体ではなく、国の仕事だ」。核問題は国に任せ、元住民の帰島を目指して魚の養殖などの産業振興にまい進する。

 国民の関心を高めようと、政府は3月1日の核実験被害の追悼記念日に合わせ「核の遺産 正義への道筋」と題した国際会議を開く。世界各国から専門家たちを招き、広島、長崎から続く核被害の広がりについて議論を深める。

 ICJの「門前払い」からほどない16年10月27日の国連総会第1委員会(軍縮)。「核兵器禁止条約」の制定交渉を17年3月に始めるとする決議案にマーシャル諸島は賛成した。段階的な核軍縮策を主張する米国が猛反発する事態にあっても、被曝国として、国家財政の約5割に当たる経済援助を受けるその「スポンサー」にあらがった形だ。

 ヒルダ・ハイネ大統領やジョン・シルク外相は「核問題への関わりを強める」「米国に正義を求める」といった発言を公の場で重ねている。

 米国から遠く、人口も少ない島国ゆえに核実験場とされたマーシャル諸島。デブルム氏は「核兵器がもたらす人道上の結果は決して正当化されない」との姿勢を貫く。だから核被害を共有する日本が国連の決議案に反対したのには落胆したという。「核兵器なき世界の実現には日本のリーダーシップが欠かせない。行動してほしい」。廃絶への扉に手を掛けるのか背を向けるのか。被爆国の姿勢を注視している。(明知隼二)=「マーシャルの訴え」編おわり

(2017年2月18日朝刊掲載)

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