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核なき世界への鍵

核なき世界への鍵 現在地 <6> 日本政府の役割 条約づくり橋渡し役を

 日本政府がとった行動に対する落胆は大きく、年が明けても抜け出せていない。「情けないねえ」「せめて棄権ならねえ」…。広島市安佐南区の主婦、東野真里子さん(64)は近くに住む被爆者の母、竹岡智佐子さん(88)を伴って相生橋(中区)に立つと、昨年の国連総会で「核兵器禁止条約」の交渉開始決議に反対した被爆国を嘆いた。

 米軍が原爆投下目標に定めたこの橋を投下翌日に渡った竹岡さんは四半世紀、広島を訪れる修学旅行生たちに証言を続ける。その記憶を受け継ごうと、東野さんは3年にわたる市の研修を受けて2015年春、被爆体験伝承者に。語り手として16年8~11月、非政府組織(NGO)ピースボートが企画した被爆証言の船旅に参加し、禁止条約の実現へ期待を高める経験をした。

 10月5日、オランダでのこと。国会議員4人に面会し、母親の体験を伝えた。川面には多くの死体が浮かび、祖母は右目を失った―。保守系の女性議員は「10歳の時、父に連れられて広島の原爆資料館に行ったのを思い出した」。面々は、核兵器禁止への尽力を誓ってくれたという。

 3週間後、オランダは国連総会第1委員会(軍縮)で決議案の採決を棄権した。北大西洋条約機構(NATO)に加盟。米国の核戦力に国の安全を頼り、米国から決議案への反対を迫られていただけに、関係者に驚きが広がった。被爆者と国会議員の面会を仲介した地元の反核平和団体「PAX」の軍縮プログラムオフィサー、セルマ・フォン・オーストワードさん(30)は、賛成を求める自国の市民署名に加え、東野さんたちの要請が国会を勢いづけ、政府に「造反」を迫る力になったとみる。

 東野さんはこの一件を通じて「広島から一人一人の心に訴えることが禁止条約の交渉成功へ力になる」と実感した。だから、どの国よりもヒロシマを知り、「唯一の戦争被爆国」と言う日本政府はなぜ反対するのか、一層解せない。

 日本政府は理由として、禁止条約を推進する非保有国と、段階的軍縮を唱える保有国との対立激化や安全保障環境を挙げる。ただ、保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任しながら、採決では棄権ではなく、米国などと歩調を合わせ、矛盾が浮き彫りになった。交渉開始が決まった今、専門家からは、保有国を巻き込む条約を模索する役割を日本が果たすべきだ、との声が上がる。

 昨年12月に長崎市であった国連軍縮会議。日本軍縮学会の初代会長で大阪女学院大の黒沢満教授たちから、枠組み条約の検討を求める意見が相次いだ。まず廃絶を法的義務として合意し、具体的な廃絶策はその後の交渉を経て定める議定書に委ねる考え方だ。当面は核抑止政策を取る国も加入できる余地があるという。一方、会議の関連行事では、広島、長崎の若者たちが愚直に「核の傘」からの脱却と、禁止条約交渉への貢献を政府へ提言した。

 あの日から苦難の道を歩んだ被爆者の叫びに若者や司法、国際社会が応え、たどりついた核兵器禁止条約の交渉年。東野さんは今月22日に広島でことしの伝承活動を始め、後押しするつもりだ。「一人でも多くの市民が関心を持つのが大事だと思う」。交渉は、国連本部がある米ニューヨークで3月27日に始まる。(水川恭輔、金崎由美)=「現在地」編おわり

(2017年1月20日朝刊掲載)

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