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広響コンサート 平和の夕べ 憧れや喪失 被爆ピアノ響く

 改修を終えた平和記念公園のレストハウスには、古いアメリカ製のピアノが置かれている。75年前に19歳で被爆死した河本明子さんが愛奏していたピアノである。5、6日に広島文化学園HBGホール(広島市中区)で開催された「平和の夕べ」コンサートでは、気鋭の作曲家藤倉大がこのピアノの記憶をテーマに作曲したピアノ協奏曲第4番「Akiko’s Piano」が初演された。

 ピアノが記憶しているのは、一方では原子爆弾によって命を絶たれるまで日々それを奏でていた若い女性の世界である。叙情性が際立つピアノ独奏のパートでは、多感な時期を生きていた彼女の憧れが、豊かな歌となって響いていた。独奏を担当した萩原麻未の強い共感にもとづく表現は、その光彩と壊れやすさを見事に伝えていた。

 他方で被爆したアップライト・ピアノには、その持ち主も含めすべてが戦争に動員される息苦しい時代も刻まれている。そのことを暗示するかのような音楽の緊迫が頂点に達すると、萩原はこのピアノでカデンツァを奏で始めた。よく鳴らなくなった音を含む響きは、これを奏でていた女性の生の喪失をかみしめるようだった。

 藤倉の作品の後、あの日娘を市街中心での作業へ送り出した母親の悔恨に思いをはせるかのように、マーラーの歌曲集「亡き子を偲(しの)ぶ歌」が奏でられた。独唱を受け持った藤村実穂子は、抑制された表現のなかで言葉を切々と響かせていた。下野竜也の指揮による広島交響楽団が醸す深沈とした響きのなか、歌そのものの強さが際立っていた。

 プログラムの両端に「シャコンヌ」が置かれていたのにも意志を感じる。低音で奏でられるテーマを反復しながら変奏を重ねるシャコンヌ。それは教皇ヨハネ・パウロ2世を追悼するペンデレツキの作品が象徴するように、75年を経てなお哀しみとともに湧き上がる記憶を、新たな言葉で反響させていく責務を伝えている。(柿木伸之 広島市立大教授=広島市)

(2020年8月20日朝刊掲載)

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