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社説・コラム

社説 学術会議への人事介入 学問の自由 侵す暴挙だ

 独立の立場で政策を提言する科学者の代表機関「日本学術会議」に対し、政権の人事介入が明らかになった。

 学術会議が新会員として推薦した候補者105人のうち、6人の任命を菅義偉首相が見送った。推薦された候補者が任命されなかった前例はない。強い違和感が拭えない。

 政府は拒否した理由について「人事上の問題で説明できない」と一切明らかにしていない。説明責任を果たさない前政権の悪弊を継承したのか。

 6人の中には、安全保障関連法制や「共謀罪」を創設した組織犯罪処罰法などに反対し、安倍政権の政策に異を唱えてきた学者が含まれている。

 それが理由なら、憲法が保障する「学問の自由」を侵害する暴挙と言わざるを得ない。今後の学術の発展にも大きなゆがみをもたらしかねない。

 任命されなかった立命館大の松宮孝明教授(刑事法学)は「会議が推薦した会員を拒否することは、会議の独立性を侵すと考えるべきだ」と強調。研究業績に秀でた人を推薦する日本学術会議法の趣旨にも反していると違法性に言及した。

 同じく東京慈恵会医科大の小沢隆一教授(憲法学)は「政府に都合の悪い発言をしたことが理由なら、自分たちに不都合なことは聞かないよ、という意思表示ではないか」と憤る。

 理由を明かさぬまま意向に沿わない者を一方的に排除しようとする政権の姿勢には危うさしかない。任命されなかった理由を学者全員に考えさせ、忖度(そんたく)させようとする意図さえにじむ。

 問題は、なぜ前例のない政治介入の決定がなされたのかである。当事者の一人、東京大の加藤陽子教授(歴史学)は「決定の背景を説明できる文書の存在を確認したい」と訴える。

 首相は任命拒否の理由を、根拠を示して説明できないのなら、決定を撤回すべきだ。

 日本学術会議は、国内87万人の科学者を代表する組織として1949年に設立された。首相が所管し、国費で賄われるが、独立して職務を行う特別機関と位置づけられている。

 政府の諮問に答えるだけでなく、地球温暖化や生殖医療などの政策課題について中立的な立場から提言や声明を出してきた。ただ学問の自由と独立性を守るために、時の政権と摩擦が生じることもある。

 中でも軍事と関わる研究には一貫して慎重な姿勢を示し、50年と67年には「戦争を目的とする科学の研究は行わない」とする声明を出した。安倍政権下の2017年には、予算が増大した防衛装備庁の研究助成制度を痛烈に批判する声明も出した。

 首相は、官房長官時代から人事権を振り回して官僚組織を掌握してきた。今回の人事介入にも、政府が後押しする防衛分野の研究に背を向け続ける学術会議をけん制する狙いがあるのだろうか。

 気掛かりなのは、憲法学など人文・社会科学系の学者ばかり任命を拒否している点だ。現代社会が抱える課題と向き合い、批判的な視点で分析を試みる学問分野の意義を認めるつもりがないように映る。

 政権に都合の悪いことを言えば、学術会議の会員にはなれないという、あしき前例をつくらせてはならない。

(2020年10月3日朝刊掲載)

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