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社説・コラム

『潮流』 ベルリンの桜並木

■論説主幹 宮崎智三

 東西冷戦による分断の象徴だったベルリンの壁。その跡地の一部に、日本から贈られた桜の並木がある。民放キー局が呼び掛けた募金で9千本も植樹された。春には花を咲かせ、市民を楽しませているそうだ。

 そんな逸話が、学生のころ西ドイツに住んでいた、広島市東区の児童文学作家、中澤晶子さんの「さくらのカルテ」(汐文社)にある。

 壁の描写は手厳しい。人類の愚かさの象徴として捉えている。政治的な立場の違いから、一つの町を引き裂いたのだから、うなずける。

 私も35年前、その壁に向き合った。「チェックポイント・チャーリー」という検問所を通って壁を通り抜け、東側に入った。日本人の出入りは簡単だと聞いてはいたが、パスポートを係員に差し出した手は少し震えていたように思う。重々しい雰囲気が漂っていたからだろう。

 頑丈な壁がまさか、その4年後に崩壊するとは思いもしなかった。

 さらに、その翌年、東西ドイツは再び一つになった。今日でちょうど30年になる。統一直後のベルリンを再訪したときは、喜びと熱気がそこかしこにあふれていた。

 東西で数倍開いていた1人当たりの国民総生産は今、かなり埋まってきた。ただ、肩を並べるには程遠い。それでも、自由を制限され、監視されていた、かつての東独には戻りたくあるまい。

 「さくらの…」にこんな文章がある。〈自分の考えを口にできず、いつもだれかに監視されているような町になんて住みたくないでしょう〉

 世界を見渡すと、壁はドイツに限った話ではない。物だけではなく、心の壁でも分断をあおる政治家はあちこちにいる。何のためらいもなく市民を抑圧、監視する国もある。ベルリンの壁は桜並木に変わったが、人類はなお、自らの愚かさと闘い続けなければならないのだろう。

(2020年10月3日朝刊掲載)

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