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社説・コラム

社説 日本の核廃絶決議案 被爆国の役割 自覚せよ

 日本政府が国連総会に、核兵器廃絶を目指す決議案を提出した。使用や威嚇はもちろん保有も違法とする核兵器禁止条約にことしも触れない内容である。

 菅義偉政権が前政権に続き、「核の傘」を提供する米国への配慮から条約に背を向ける姿勢を鮮明にしたといえよう。

 新たな国際規範となる核兵器禁止条約が採択されて4年目に入り、既に47カ国・地域が批准している。発効に必要な批准数50まであと3に迫っている。オーストリアなど条約推進国は、各国に批准を要請する決議案を提出している。

 禁止条約は、核兵器による被害を身をもって体験した被爆地の願いであると同時に、いまや国際社会の大勢といえる。発効目前になってもなお、被爆国が背を向けるようなことがあってはなるまい。

 日本の決議案は、禁止条約に触れず「さまざまなアプローチが存在することと全加盟国の信頼構築が必須であることに留意する」「現実的手段と効果的措置を取る」とする。決議に法的拘束力はない。それでも被爆国の決議案が国際社会に呼び掛けるインパクトは大きいはずだ。

 安倍晋三前首相は辞任を表明した会見で「核兵器の廃絶、これは私の信念であり、日本の揺るぎない方針」と述べた。菅首相も先月下旬の国連総会でのビデオ演説で「核兵器のない世界の実現」に向けて力を尽くすとした。ならば先頭に立って、禁止条約という国際的な枠組みをリードし、「信頼構築」に力を注ぐべきではないか。

 日本は1994年以来毎年、決議案を国連に提出し採択されてきた。ところがトランプ米大統領が就任した2017年、その年に採択された禁止条約に言及せず、廃絶を望む国際社会を幻滅させた。それでも18年までは「核使用による壊滅的な人道上の結末」に「深い懸念」を表明していた。しかし昨年からは「深い懸念」という言葉を「認識する」との言い方に弱め、今回もそれを踏襲した。

 「深い懸念」は、核抑止論を否定する禁止条約の基本理念だ。条約に反発する核保有国を意識し言い換えたという。被爆国のすることとは思えない。

 米ロの新戦略兵器削減条約(新START)の履行促進といった具体的な核削減策についても言及していない。これも米国への配慮なのだろう。日本政府はかねて立場の異なる国々の「橋渡し役」を掲げてきた。しかし核保有国に物言わずして橋渡しなどできるのか。

 核兵器が人類と共存できないことは、被爆地の経験から明らかだ。核兵器が存在する限り、使用される恐れがある。不測の事態に際して、核保有国の指導者が核のボタンに手を掛ける可能性はゼロではない。テロリストの手に渡る危険性もある。開発や製造の過程では多くのヒバクシャが生まれている。新たな苦しみを生まないためには、廃絶するしかない。

 日本政府は、75年前に無念の死を遂げた人々や今なお苦しむ被爆者の代弁者たるべきだ。「唯一の戦争被爆国」とうたうならば核兵器がもたらす非人道性を世界に訴え、核抑止に頼らない安全保障を探る議論をリードしなくてはならない。米国をはじめ核保有国に廃絶を迫る役割を自覚する必要がある。

(2020年10月17日朝刊掲載)

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