×

社説・コラム

天風録 『ヒロシマのマンダラ』

 詩集「川よとわに美しく」で知られる被爆詩人の米田栄作さんが晩年よく用いた言葉に「碧落(へきらく)」がある。青空や遠く離れた所を指す語だが、詩人はさらに深い意を込めていた▲原爆の日、広島の空は広島の川に落ちた―。その空と川の青が抱き合って流れるイメージなのだと生前、本紙に語っていた。人類がどんな愚かな行いをしようとも変わらぬ空や川の青さに鎮魂と希望を託したのだろう▲何度も「碧落」という言葉を思い出した。被爆建物の旧日本銀行広島支店で開かれている絵画展。75年前の惨劇やそれを伝える心象風景が並ぶ。なぜか青が目を引く。長年ヒロシマを描く画家14人が節目の年に作品を持ち寄った▲呼び掛けたのは米田さんの長男勁草(けいそう)さん。疎開で被爆は免れたものの、戦争を知る世代だ。亡父の詩を題材に絵筆を握る。集まった仲間も多くは戦争体験を出発点に創作する老画家たち。会場で絵に向き合う修学旅行生ら若者に継承への希望を託す▲〈ヒロシマのマンダラ絵図を描きましょうよ〉。米田さんの詩にはそんな一節もある。言葉を絵に、絵を何かに。マンダラのごとく多様な手法で記憶を紡ぎ、核なき世界への流れを大きくできたらいい。

(2020年10月19日朝刊掲載)

年別アーカイブ