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歴史的節目 なお残る課題 米露中 軍拡競う様相 日本、抑止力重視鮮明に

 核兵器の使用や保有、開発などの全てを禁じる「核兵器禁止条約」の批准国・地域数が、条約の発効に必要な50に達した。90日後に発効するため、来年1月22日に効力を持つ国際条約となる。核兵器廃絶を訴えてきた被爆者にとって歴史的な節目となる一方、保有国が核兵器を手放し、廃絶に至るまでにはなお課題が多い。条約の意義や発効に至る背景、今後の課題を整理する。(明知隼二)

 核兵器禁止条約は2017年7月、国連の交渉会議で核兵器を持たない122カ国・地域の賛成で採択された。国連加盟国の約3分の2が、歴史上で初めて核兵器を全面的に違法化する条約に賛同した形だ。非保有国に禁止条約を支持する動きが広がる背景には、保有国による核軍縮が遅々として進まない現状へのいらだちがある。

 現在、核兵器を保有しているのは米国、ロシアを筆頭に9カ国。ストックホルム国際平和研究所の調べでは、世界には今も計1万3400発の核兵器がある。米ソ冷戦時代の最大約7万発に比べれば減ったとはいえ、今なお膨大な数だ。

 核軍縮を前進させるための枠組みの一つが、1970年に発効し、現在は約190カ国が参加する核拡散防止条約(NPT)だ。米ロなど条約に加わる保有5カ国は、条文や過去の合意文書により核軍縮の義務を負う。しかし、米国は小型核の開発や配備、古くなった装備の更新などに多額の予算を投じ、ロシアや中国と新たな核軍拡競争の様相すら呈している。

被爆者ら後押し

 こうした状況の中、赤十字国際委員会(ICRC)は2010年、核兵器のいかなる使用も人道に反するとの総裁声明を発表。その後も核兵器の非人道性をテーマにした国際会議や共同声明などの動きが広がり、17年の禁止条約採択につながった。核兵器廃絶を訴え続けてきた被爆者の存在や、非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))の精力的なロビー活動も後押しした。

 禁止条約の発効は、核兵器の保有を含むあらゆる活動を正式に違法化することを意味する。締約国を除けば条約には縛られないが、条約に加わらない国に対しても、使用や核抑止に頼ることをためらわせる圧力になると期待されている。

経済力「圧力」に

 それだけに保有国や、その核戦力に頼る日本など同盟国の反対は根強い。「既存のNPT体制を弱体化させる」「保有国と非保有国の分断をさらに深める」などと反発。米国は近づく条約発効を無視することはできず、複数の批准国に対し「批准は戦略的な誤りだ」として、取り下げを求める書簡を送っている。

 批准した50カ国・地域の多くは小国で、国内総生産(GDP)を全て足しても世界の10%に満たない。一方、NPT参加の保有5カ国だけで世界のGDPの半分近くを占め、経済力の差は歴然としている。持てる側からの「圧力」は重荷となり得る。

 そこで問われるのが、世界3位の経済規模を持つ日本の姿勢だ。「唯一の被爆国」を掲げ、道義的な発信力への期待も大きい。しかし現実には、禁止条約の交渉会議には参加せず、保有国と非保有国の「橋渡し役」を果たすとしながら、米国の核抑止力を重視する姿勢を鮮明にしている。

 ICAN国際運営委員の川崎哲さん(51)は「条約発効は核兵器の時代の終わりの始まりだ。そこで被爆国の日本が核兵器の正当性を訴えるのは許されない」と問う。発効から1年以内に開かれる締約国会議には、保有国や未締約国もオブザーバーとして参加できる。被爆地の市民として日本政府の行動をあらためて注視しなければならない。

広島市立大広島平和研究所 水本教授に聞く 核への依存 再考必要

 核兵器禁止条約は、核兵器を倫理的に否定する規範としての効果が期待される一方、核兵器を持つ国や同盟国を実際に廃絶へと向かわせる実効性には疑問の声もある。広島市立大広島平和研究所の水本和実教授(核軍縮)に、その意義や課題を聞いた。

  ―禁止条約が発効する意義は何ですか。
 まず何よりも核兵器が違法化されることだ。「核兵器は許されない」という市民感覚が、正式な法的文書になる意味は大きい。毒ガスの禁止など過去の例を見ても、国際社会に現実にルールが存在すること自体が強いプレッシャーになる。

 核兵器の保有や使用、威嚇などを「いかなる状況においても」禁止した点も重要だ。1996年の国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見でも、使用や威嚇を「一般的には国際法違反」としたが、国家存続の危機など極限の状況については判断できないとしていた。

  ―核兵器保有国や「核の傘」に頼る国は条約に反対し続けています。
 核拡散防止条約(NPT)への悪影響などを反対理由に挙げているが、禁止条約には、既存の条約を尊重する趣旨がはっきりと書いてある。それに反対派も、将来的に核兵器を廃絶するという点では一致しているはずだ。現時点で核兵器を持っていることと、近い将来の廃絶は両立する。今は条約に加われないと言うのなら「いつ加わるのか」と問わなくてはいけない。

  ―「唯一の被爆国」を掲げる日本政府も、条約に反対しています。
 日本政府は核軍縮を口にしながら米国の核戦力に頼り、その強化すら求めている。核兵器を持つ国と持たない国の「橋渡し役」を果たすというが、このままでは国際社会の信頼は得られないだろう。国民への欺きでもある。

 日本が米国との同盟関係に組み込まれているのは厳然たる事実だが、自国の利益をむき出しで追求する米国に倣うべきではない。日本の国民の利益や希望に本当にかなっているのか、核抑止に依存する現状を見つめ直す必要がある。

  ―被爆地にはどのような役割が果たせますか。
 保有国は引き続き、安全保障には核抑止力が必要だとし、条約を否定するメッセージを出すだろう。禁止条約を支える幅広い国際世論が必要だ。若い人たちの中に、より普遍的な平和への関心を広げることが、結果的に核兵器廃絶への大きなうねりにつながると考えている。広島は原爆被害の発信を続けてきたが、そうした役割も果たせるのではないか。

(2020年10月26日朝刊掲載)

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