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連載・特集

中国新聞「読者と報道委員会」第56回会合 詳報

地域を掘る 厳しく温かく

 中国新聞の報道の在り方を社外の有識者と話し合う「読者と報道委員会」の第56回会合が20日、オンラインで開かれた。昨夏の参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件を機にスタートした連載「決別 金権政治」、文化面の連載「平和を奏でる 明子さんのピアノ」、広島東洋カープの球団創立70周年に合わせた企画が主なテーマ。広島修道大国際コミュニティ学部教授の船津靖氏(64)、弁護士の秋田智佳子氏(54)、ピアニストで合同会社ひびき代表社員の中村桂子氏(43)の3委員が、編集局幹部や担当記者と意見を交わした。(司会は下山克彦編集局長)

連載「決別 金権政治」

構造的な問題 解明を 船津氏

地域の実情 リアルに 秋田氏

伏せられた事実 暴く 中村氏

 ―昨夏の参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件を機に「政治とカネ」の問題を考える連載を始め、事件に至った経緯や、元法相の河井克行(57)=衆院広島3区、妻の案里(47)=参院広島=の両被告から現金を受け取った被買収者について掘り下げました。広島県では過去に知事選での買収疑惑もありました。同じような事件を繰り返さないため、温存されてきた「あしき慣習」に切り込まねばならないと考えています。

 船津氏 深い報道で地元紙としての責任を果たしている。自民党本部から河井夫妻に渡った1億5千万円は大変な額で衝撃的。党本部の意思決定やお金の流れ、買収資金との関連など政治的、構造的な問題に切り込み、解明してほしい。裁判の記事は客観的で分かりやすいが、公選法については一般の読者にはなじみが薄く、分かりにくい。丁寧な報道をお願いしたい。

 秋田氏 連載の第1部では、現金を受け取った状況を図に書いて説明している元地方議員の写真が載っていて、事件の裏側がよく分かった。被買収者に迫った記事では、地方議員の立場や地元の「顔役」への影響など地域の実情もリアルに感じた。法廷での一問一答も分かりやすく、まるで傍聴したような気持ちになれる。

 中村氏 独自取材で一歩踏み込んだ内容になっていて被買収者の受領後の行動や人柄がよく分かる。伏せられていた事実を紙面でしっかり暴いていて国民側に立った報道だ。裁判の記事は方言もそのままで、証人の気持ちが読み取れるようだった。あらためて地元の出来事だと痛感している。

連載「明子さんのピアノ」

貴重な証言集めた 秋田氏

人物身近に感じる 中村氏

構成は工夫の余地 船津氏

 ―「明子さんのピアノ」は、米国から広島に渡り、原爆で亡くなった河本明子さんが残した被爆ピアノを柱に据えた連載です。ピアノを愛した少女の日常や、その数奇な運命を丁寧に描くことで命の大切さや原爆の悲惨さ、理不尽さを訴えられるのではないかと考えました。広島の音楽史の掘り起こしにも努めました。

 秋田氏 すごくいい記事だ。いろんな偶然が重なり、このピアノの今がある。奇跡のピアノだ、と感じた。こういう記事は関係者が存命なうちに話を聞かないと、たどることができなくなってしまう。重要な仕事をされたと思う。第4部で今の世代にどう引き継がれているか、詳しく述べてあるのも良かった。

 中村氏 ピアノを弾く人は多い。多くの人が興味を持って読んだだろう。私も明子さんを身近に感じた。私たちと同じように思春期を過ごし、勉強したり友達と楽しんだりしていたのだ、と。存命なら世界に羽ばたくピアニストになっていたかもしれない。その夢が無残に消し去られたことへの怒りや悲しみは国籍、人種を超え、共感されると思う。

 船津氏 ピアノが日の目を見るまでの関係者の努力と執念が伝わる企画だ。明子さんは原爆に突然、命と未来を奪われた若者の象徴と言える。いい話題だ。ただ構成が気になる。第2部で取り上げた明子さんのヒューマンストーリーは、連載の最初に読みたかった。登場人物が多く関係性も複雑なので、連載の1回の行数を短くし、回を重ねた方が良かったかもしれない。

カープ報道

臨場感ある表現 中村氏

「21球」懐かしい 船津氏

若者へどう発信 秋田氏

 ―カープ創立70周年の節目に球団史を振り返る連載を展開しています。過去の名場面や名選手、苦境を乗り越えてきた球団の「生きざま」を、今のカープしか知らない若いファンにも知ってもらいたいとの思いで取り組んでいます。

 中村氏 野球に詳しくない私でも試合の様子をイメージできる文章表現で、読んでいてわくわくした。野球の面白さがよく伝わってきた。華々しい活躍の裏にあった努力や、けがに耐えた姿など表に出ない話はとても貴重で、選手の人柄がよく分かった。感動で泣きそうになる記事もあった。

 船津氏 「江夏の21球」の記事を懐かしく読み、自分の若い頃のことも思い出した。読者の年代それぞれに面白い逸話がそろい、意義深い。私たちの生活は今、新型コロナウイルスの影響で大きく変えられている。経済的な打撃も相当きつい。カープは被爆後の広島の人たちを勇気づけたとよく言われるが、同じように支えられ、励まされているファンがいるのではないか。今後は、そんな姿も報じてほしい。

 秋田氏 初めて知るエピソードもあり、この連載は保存版。選手の魅力もあらためて発見できた。原爆投下後、復興の象徴として創設された球団の存在意義や使命も、中国新聞ならではの語りで記されていて良かった。今のカープしか知らない私の息子たちにも読ませたい。ただ、せっかくのいい記事も、新聞を読まない若い世代には伝わりにくいのが難しいところだ。

ふなつ・やすし

 1956年、佐賀県伊万里市生まれ。東京大文学部卒。共同通信社の国内3支局記者、モスクワ、エルサレム、ロンドン特派員、ニューヨーク支局長、編集・論説委員などを経て2016年広島修道大法学部教授、18年から国際コミュニティ学部教授。専門は国際報道、米・中東関係と宗教。著書に「パレスチナ―聖地の紛争」(中公新書)。広島市中区在住。

あきた・ちかこ

 1966年、京都市西京区生まれ。関西学院大法学部卒。97年に弁護士登録。失業者の一時避難所(シェルター)の運営に携わるほか、消費者金融の上限金利引き下げを求める運動に加わるなど、弱者の救済に力を注ぐ。2016年からNPO法人「反貧困ネットワーク広島」の理事長を務める。広島市教育委員、発達障害専門家会議副代表。広島市西区在住。

なかむら・けいこ

 1976年、岩国市生まれ。広島文化女子短大(現広島文化学園短大)音楽科卒。2005年、山口国際交流芸術祭でピアノ演奏。演奏や指導を続けながら09年に障害者支援団体コンチェルト、15年に合同会社ひびきを結成。障害者のコンサート開催、就労支援に取り組む。岩国短大非常勤講師、岩国市社会福祉協議会障害者虐待防止委員。岩国市在住。

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編集局から

県政界の体質 見直す時

 昨年7月の参院選広島選挙区を巡る河井克行、案里両被告による大規模買収事件を機にキャンペーンに取り組んでいる。タイトルは「決別 金権政治」だ。

 連載の第1部では、事件の実態を追った。政権中枢との近さを生かして陣営を指揮する一方、自ら現金をばらまいた克行被告の動きをたどった。第2部では「被買収者」を取り上げた。現金を受け取った広島県議や市議らの問題は今後も真正面から向き合う。

 独自調査で、参院選で案里被告と争った自民党の溝手顕正氏の党支部が参院選の1カ月前に、元県議会議長の奥原信也県議が関係する党支部に50万円を提供していた事実をつかみ、報道した。選挙に近い時期であり、専門家は買収に当たる可能性があるとしている。

 事件を生んだ県政界の金権体質を見直す必要がある。さらに深掘りし「政治とカネ」のありようを考えていく。(報道センター社会担当・荒木紀貴)

豊かな音楽文化に驚き

 被爆75年のことし、「明子さんのピアノ」の物語を掘り起こそうと関係者を訪ねて取材し、21冊に上る遺品の日記を読んだ。河本明子さんの19年間の人生が浮かび上がり、音楽を愛した少女がやがて軍国主義にのみ込まれていく様に心底恐ろしさを感じた。

 取材を通じて新たなエピソードや人物も次々と明らかになった。初めて知った戦前・戦中の広島の豊かな音楽文化に驚いた。戦後もピアノを守り続けた明子さんの両親の思い、修復して半世紀ぶりに音色を復活させた市民の情熱に感動した。

 原爆に関する文学や絵画は形として残り、歴史に記録されている。今回の取材を通して、音楽にまつわる史実はまだまだ埋もれていると実感した。連載は終了したが、「ヒロシマと音楽」について引き続き取材していきたい。(報道センター文化担当・西村文)

新旧のファン楽しんで

 カープは創立70周年のシーズンを5位で終えた。開幕延期や無観客といった異例尽くしの戦いを追う一方で、節目を迎えた球団史を振り返るためにOBたちを訪問。名場面や逸話を第1部「あの日あの時」、個性豊かな選手列伝を第2部「よみがえる熱球」として連載した。

 急増する若いファンには「初めて出合う昔話」として読んでほしい。オールドファンには思い出との再会を懐かしんでもらいたい。「江夏の21球」を演出した雨、日本一の目前で実らなかった隠し球など、他球団にも取材を重ね、埋もれていた事実を掘り起こした。

 佐々岡真司新監督で挑み、苦しんだ今季も球団史の新たな一ページとなる。12月からはOBの回想録を1年ずつつなぐ第3部「70人の証言」を展開する。丹念にエピソードを拾い集め、新旧ファンの「カープ愛」を震わせたい。(報道センター運動担当・山本修)

(2020年11月27日朝刊掲載)

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