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緑地帯 小田原のどか 彫刻を読む <6>

 京都・三条大橋に、通称「土下座像」と呼ばれる大型の彫刻記念碑がある。インパクトのある見た目から、東京・渋谷のハチ公像のように待ち合わせ場所としても活用されているそうだ。

 本当の名前は「高山彦九郎像」という。江戸後期の尊皇思想家の像で、1928年に建立されるも44年に金属供出で回収され、61年に再建されて今に至る。一見、土下座に見えるが、御所に向かって礼拝している姿を表している。

 同様のテーマを扱った詩がある。高村光太郎による「土下座」だ。高村が戦中に体験した、錦の御旗を立てた行列の礼拝の身ぶりについての詩を引いて、吉本隆明は天皇と幻想について言及している。詩人としてデビューした吉本は、高村について論じ、国家とは何かを問うた。そして68年「共同幻想論」を著した。

 ここでの吉本の問題意識は先の大戦に深く根差している。帝国主義下で吉本は、一度はこの戦争を肯定した。しかし敗戦後、世間はまったく変わってしまった。吉本にとって、ほとんどの人々は何事もなかったかのように戦後を生きているように見えたという。

 「共同幻想論」のテーゼは、天皇主義であれ、戦後民主主義であれ、それらは共同体が夢見る幻想で普遍的ではなく、人間とはそのような幻想を摂取する生き物だということである。

 高山彦九郎像が「土下座」と呼ばれるのは、そのような「共同幻想」が転換したからに他ならない。彫刻は変わらない。変化するのはわれわれの方なのだ。この愛称の変遷はそのことを示している。(彫刻家=東京都)

(2019年10月30日朝刊掲載)

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