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社説・コラム

社説 被爆地の役割 「警告」強く発し続けよ

 新型コロナウイルスが猛威を振るい、世界は今、危機に直面している。しかし地球規模の危機はほかにもある。

 米国の生物地理学者ジャレド・ダイアモンド氏は近著「危機と人類」で、「世界全体に害を及ぼしうる問題」として新種の伝染病や気候変動などと並んで「核兵器」を挙げている。

 今月22日、ついに核兵器禁止条約が発効する。核兵器の開発から保有、使用まで一切を禁止する初めての国際規範である。

 未知のウイルスと異なり、核兵器は人類が作り出したものだ。その脅威をなくすには、私たち人類の手で地球上から完全に廃絶するしかない。それは被爆地の積年の訴えであり、世界への「警告」でもある。条約の発効を、核の時代に終止符を打つための出発点にしなくてはならない。

 世界には今、1万3千発余りの核兵器が存在する。その大半を保有する米国とロシアは冷戦後、両国間で削減の努力を続けてきた。しかし近年は軍縮の約束を果たさず、小型核など「使える核」の開発に乗り出す。

 ただ条約が発効すれば、核兵器を持っていること自体が国際法違反となる。米国は昨年、複数の国に条約批准を撤回するよう圧力をかけたと報じられた。条約が保有国を追い詰めている証しだろう。

 核兵器禁止条約への支持は確実に広がっている。昨年の国連総会では、条約を支持する非保有国の演説が相次いだ。

 昨年9月には「核の傘」に依存する日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)でも元首脳や元閣僚が支持を表明し、自国の指導者に条約への参加を求める連名の公開書簡を発表した。

 問題は「唯一の戦争被爆国」だと強調しながら条約に背を向け、米国に「核の傘」を求める日本政府の姿勢だ。菅義偉首相は昨年、国連総会でのビデオ演説で「核兵器のない世界の実現に向けて力を尽くす」としながら条約に全く触れなかった。国連に毎年提出する核兵器廃絶決議も文言を後退させている。米国への配慮とみられ、核なき世界を望む非保有国や市民から、批判を浴びるのも当然だ。

 昨夏の世論調査では72%の人が、日本政府は条約に「参加するべきだ」としている。政府に条約への参加を求める地方議会の意見書採択も続く。こうした声に応えるのが、政府の役割ではないか。

 ことし8月には、コロナ禍で延期された5年に1度の核拡散防止条約(NPT)再検討会議が開催される。核兵器禁止条約締約国による会議も年内に開かれる。条約を足掛かりとし、保有国に核を手放させる―。そのためには被爆国政府の姿勢はますます重要になる。被爆地からもしっかりと働き掛けたい。

 核保有国や「核の傘」に頼る政府の姿勢を、簡単に変えることはできないという主張もあるだろう。しかし市民一人一人が声を上げ、力を合わせれば実を結ぶ。それを体現したのが核兵器禁止条約だ。

 発効は、76年前に幕を開けた核時代を終わらせるための歴史的な一歩である。

 「地獄のような苦しみをほかの誰にもさせてはならない」。そんな被爆者の訴えを私たちはしかと受け止め、「警告」を強く発していかねばならない。

(2021年1月4日朝刊掲載)

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