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社説・コラム

天風録 『焼けあとのちかい』

 「絶対に神風がふく」と信じていた少年が焼け跡で見たものは全く別物だった。〈数えきれないほどの死体がころがっていても、なにも感じなくなってしまいます〉。絵本「焼けあとのちかい」は、15歳の目から見た東京大空襲を伝えている。少年は二度と「絶対」という言葉を使わないと心に誓う▲作者の少年は、昭和史研究の第一人者で作家の半藤一利さん。90歳での悲報を聞いた。あの戦争とは何だったのか―。炎の中を逃げ惑った体験が、大仕事の根っこにはあったに違いない▲編集者時代から、元軍人たち当事者への取材を重ね、戦史を究めた。歴史の謎に迫る楽しさを「若い人にも分けてあげたい」と考えていたようだ。自ら「歴史探偵」と称し、あまたの書を世に送り出して近代への関心を高めた▲歴史に学ぼうとしない昨今の為政者の振る舞いには、たびたび憂いを口にしていた。晩年、絵本や若者向けの本を書き、戦争の断面を易しく伝え続けたのは未来への遺言だったのだろう▲絵本の最後で半藤さんはどうしても伝えたいと、自らの誓いを破る。「戦争だけは絶対にはじめてはいけない」と。体験に根差した重い言葉。私たちは忘れまい、絶対に。

(2021年1月14日朝刊掲載)

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