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連載・特集

どうみる核兵器禁止条約発効 <1> サーロー節子さん 

批准国増やし実効性を 「困難な道はこれから」

 核兵器禁止条約が22日、発効する。広島と長崎の被爆者の訴えや世界の反核運動が実を結び、核兵器の開発から使用に至るまでが全面的に違法となる。これを「核兵器の終わりの始まり」とするため、日本政府や被爆地に求められることは何か。被爆者や元外交官、専門家たちに聞く。

 「反核運動の創生期に立ち上がった被爆者、世界各地の核実験の被害者…。みんなが諦めずに力を尽くしてきた」。カナダ在住の被爆者サーロー節子さん(89)は歴史的な瞬間を心待ちにしている。

 核兵器禁止条約は2017年7月、国連で122カ国・地域の賛成により採択された。昨年10月24日、50番目の国が批准したことで発効要件を満たした。南米やアフリカ、欧州の一部の国々が名を連ねる一方、核大国の米国、ロシアなど核保有9カ国や「核の傘」に固執する同盟国は加盟を拒んでいる。

 条約の発効が決まった時、サーローさんは喜ぶと同時に前を見据えた。「批准国を増やし、条約の実効性を高めなければならない。困難な道はこれからだ」(桑島美帆)

廃絶への道筋 照らす光 背向ける日本に怒り

  ≪カナダ在住の被爆者サーロー節子さん(89)は、原爆で多くの級友や家族を亡くした。語り尽くせない経験と記憶が、核兵器禁止条約を求める活動を支えた。≫

 13歳の時、爆心地から約1・8キロの第二総軍司令部(現広島市東区)で被爆した。爆風で倒壊した建物に閉じ込められ、命からがらはい出した。背後で火の手が上がり、まだ建物の下にいた級友は生きたまま焼かれた。おいや姉たちは、無残な姿で息絶えた。あの記憶は私を苦しめ続けた。

 ≪1954年、原爆投下国の米国に渡り、結婚を機にカナダに移住。苦難を重ねながら、主に両国で反核運動を続けた。≫

 こんなことを二度と繰り返させない、と決意した。それが核兵器の非人道性を告発する力になっている。時に脅迫を受けたが、犠牲者の無念を思うと口を閉ざすことなどできなかった。

 ≪近年は非政府組織(NGO)核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))と活動を共にし、2017年のノーベル平和賞授賞式にも登壇した。≫

 「光に向かってはっていけ」。生き埋めになった時、見知らぬ軍人に掛けられた言葉を演説に盛り込んだ。この条約は、私たちにとって光だ。実現に貢献したのは被爆者だけではない。条約推進国とNGOなどが手を携え、交渉会議を成功に導いた。

 核兵器に「絶対悪」の烙印(らくいん)を押す条約は、廃絶への道筋を付ける一手だ。しかし核保有国や「核の傘」に依存する同盟国は、反発している。米国はすでに条約に参加した国に、批准を撤回するよう圧力をかけているという。米国の同盟国であり、私の二つの母国である日本とカナダも「時期尚早」「条約参加を検討する国際情勢にない」と繰り返す。国際情勢が安定したことが今まであったのか。私たちはもう待てない。

 ≪条約発効後も、日本政府は背を向け続けている。≫

 政府はうわべだけ「核兵器廃絶に向けて先頭に立つ」などと被爆者とともに歩んでいるような発言をしているが、国連総会に毎年提出している核兵器廃絶決議案も、8月6日の平和記念式典に出席した際の首相の発言も、核兵器禁止条約に一切触れない。本当に恥ずかしいことだ。

 だからこそ、広島の市民はもっと怒るべきだ。市民の間で条約への関心をもっと高めてほしい。政治を動かさなければ、日本の条約参加は見えてこない。最近、若者たちが国会議員へ条約賛同を働き掛けている。うれしく、心強い。

 ≪新型コロナウイルスの影響でこの1年、大半をトロント市の自宅で過ごした。≫

 世界は一変し、厳しい状況だ。そんな中でも、国際条約という反核運動の新たな手段を得た。毎日のようにオンライン会議に参加し、多様な人たちの発言に刺激を受けている。核兵器に脅かされない世界が、一人一人の命と人権を守り、共存できる社会の第一歩だ。そこを目指して歩みを進めていく。(桑島美帆)

さーろー・せつこ
 平和運動家。広島女学院大卒。カナダ・トロント大で修士号(社会福祉学)。2017年のノーベル平和賞授賞式で、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)を代表して演説。広島市南区出身。

(2021年1月19日朝刊掲載)

どうみる核兵器禁止条約発効 <2> オーストリア前外務省軍縮局長 トーマス・ハイノツィ氏(65)

どうみる核兵器禁止条約発効 <3> 一橋大教授 秋山信将氏(53)

どうみる核兵器禁止条約発効 <4> 広島平和文化センター前理事長 小溝泰義氏(72)

どうみる核兵器禁止条約発効 <5> 広島大平和センター長 川野徳幸氏(54)

どうみる核兵器禁止条約発効 <6> 「すすめ!核兵器禁止条約プロジェクト」メンバー 会社員田中美穂さん(26)

どうみる核兵器禁止条約発効 <7> 核兵器廃絶をめざすヒロシマの会 共同代表 森滝春子さん(82)

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