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ゲン閲覧制限 専門家2氏がみる論点

 松江市教委の漫画「はだしのゲン」閲覧制限問題では、戦争の記憶の継承や表現の自由など、さまざまな論点が入り乱れる。原爆と戦争をめぐる表現と、図書館の在り方に詳しい2人の専門家に問題点を語ってもらった。(道面雅量、明知隼二)

広島大大学院教育学研究科 川口隆行准教授(41)=戦後文化運動、原爆文学研究

残虐な場面にも必然性

 松江市教委は「暴力的で過激な描写」を問題視したというが、特定の場面を物語全体の文脈から切り離した見方ではないか。旧日本軍による残虐行為を告発する描写も、戦争と原爆で壮絶な体験を強いられたゲン―作者の中沢啓治さんの立場からは、十分な必然性がある。

 「子どもに与える影響」を考慮し、残虐な光景には触れさせないというなら、原爆資料館の見学もできなくなる。もし仮に、被爆の描写ならいいが、旧日本軍の描写ではちょっと―といった発想があるなら、いっそう問題は深い。閲覧を制限することは、日本の加害責任を曖昧にしようとする主張に加担することになりかねない。

 図らずも今回、「はだしのゲン」の開かれた可能性が浮き彫りになった面もある。広島の焦土を生き延びるために精いっぱい格闘するゲンたちの姿は、被害と加害、善と悪、戦争とは平和とは何なのか、一人一人に問い掛けてくる。論争的な作品なのだ。

 とりわけ、若い読者にはゲンの成長物語として自分に引き寄せて読める。図書室の奥にしまわれた「原爆漫画の聖典」ではなく、いつでも誰でも手が届く棚でぼろぼろになっているのが「はだしのゲン」にはふさわしい。

島根県立大短期大学部 石井大輔講師(33)=図書館情報学

意思決定の過程に問題

 「子どもに与える影響」を理由に図書の閲覧を制限することはあり得る。ただ、それは「図書館の自由に関する宣言」に基づき、各学校図書館が判断するべきことだ。市教委が閲覧制限を求めれば、教育行政の介入ととられて当然だ。問題提起にとどめ、学校図書館側に判断を委ねるべきだった。

 制限要請にあたり、教育委員会議に諮らなかった市教委の意思決定にも問題がある。判断を誤ることはあり得る。だからこそ議事録を残し、制限に至った経緯を検証できるようにする必要があった。

 さらに、制限が始まって半年以上たって初めて事態が明らかになった。今まであった図書が突然消えると、利用者は制限の事実にすら気付かない。仮に制限するならば、その事実と理由を公表するべきだった。

 一方、学校の規模や人員配置によっては、制限の可否などを適切に判断することが難しい場合もある。でもするべきだ。そのためには、選書の基準を明文化することが大切だ。基準があれば、外部からのクレームや圧力にも対応できるだろう。

 この出来事をきっかけに、問題になりそうな書籍を収集しないという自主規制が学校図書館に広がらないことを願う。

(2013年8月26日朝刊掲載)

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