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社説・コラム

『核兵器はなくせる』 NPTの課題 <上> 幻のペーパー

■ヒロシマ平和メディアセンター編集部長 江種則貴

 核兵器廃絶の行方を左右する核拡散防止条約(NPT)の再検討会議が来年5月、米ニューヨークの国連本部である。国際社会が核軍縮・不拡散に確実な歩みを刻むことができるかを占う重要な会議。だが、北朝鮮の核実験など冷や水を浴びせる動きも出てきた。再検討会議の「地ならし」として開かれた第三回準備委員会を振り返りながら、NPTの課題と向こう1年間の展望を探る。

勧告採択より決裂回避 前向きムード維持

 木づちをたたき「ボンボヤージュ(よい旅を)」。国連本部で15日、ボニフェース・シディアスシク議長は、2週間にわたった準備委の閉会を告げた。

 各国の外交官たちは盛大な拍手で議長をねぎらった。一方、非政府組織(NGO)メンバーやマスコミが陣取った傍聴席からは戸惑いの声が漏れた。「勧告はどうなったんだ」

 勧告は来年の再検討会議での討議のテーマや道筋を示す。議長は今回、会期半ばに草案を示し、各国の意見を踏まえて2度の修正を加えたものの採択できなかった。討議された事実は公式記録に残るが、草案の内容は残らない。当のシディアスシク議長は「勧告はボーナスのようなもの。会期内の合意は難しかった」。時間不足が要因だと振り返った。

 NPTは5年に1度の再検討会議と、その合間の3回(場合によっては4回)の準備委に加盟国が集まり、条約の運用状況を検証する。過去の準備委でも採択されたことがない勧告が今回、合意寸前までいったことを日本をはじめ各加盟国は一定に評価している。

 実際に深刻な意見対立はなかった。核兵器国は核軍縮ばかりに特化しないよう「バランス」を要請した。非核兵器国からはイスラエルの核保有を念頭に中東問題についての念入りな記述を求める意見が目立った程度。議長は草案の修正で応えた。しかも、米国の政権交代を機に生じた世界的な核軍縮への前向きムードを背景に、「いい雰囲気を来年の再検討会議に持ち越そう」と、細かな修正は棚上げして採択をとの提案も相次いだ。

 それでも採択できなかったことが、NPTの限界を象徴する。多国間協議で全会一致を求める場合、多数派が少数派を説得して一緒にゴールに到達することもあれば、一国でも立ち止まれば全体がストップすることもある。前者だった2000年の再検討会議は核兵器廃絶の「明確な約束」を最終文書に盛り込んだ。一方、2005年の会議はまったく合意できず、最終文書そのものが幻となった。

 会議の決裂をあえて回避することにより、前向きムードの維持を図った今回の準備委。そこに北朝鮮の核実験である。国際社会はどう解決の道筋を見いだすか、来年の再検討会議に向けた難題が浮上してきた。

核拡散防止条約(NPT)
 米国、ロシア、英国、フランス、中国を核兵器国とし、軍縮義務を課す。その他の国は核兵器を開発しない見返りに原子力平和利用の権利が認められる。1970年に発効し、約190カ国が加盟。事実上の核保有国であるイスラエル、インド、パキスタンは加盟していない。北朝鮮は2003年、脱退を宣言した。

(2009年5月28日朝刊掲載)

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