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社説・コラム

ヒロシマと世界:米国の核体制見直し 日本政府の姿勢が行方左右

■ジョセフ・シリンシオーネ氏 プラウシェアズ基金理事長(米国)

シリンシオーネ氏 プロフィル

 1949年11月、ニューヨーク市生まれ。1983年、ジョージタウン大学外交政策学部で理学修士号取得。米下院議会の軍事委員会および政府運営委員会の専門員として9年間、カーネギー国際平和財団拡散防止ディレクターとして8年間勤務。アメリカ進歩センター副所長を経て、2008年からプラウシェアズ基金理事長に就任。ジョージタウン大学外交政策学部大学院でも教えている。著書に「爆弾の脅威―核兵器の歴史と未来」など。核問題に関する論文を数百本著し、関連のDVDも2枚制作。コメンテーターとしてメディアに頻繁に登場するほか、映画「なぜわれわれは戦うのか」にも出演している。


米国の核体制見直し 日本政府の姿勢が行方左右

 日本は米国の核政策に驚くほど多大な影響力を持っている。しかし、これはほとんどの日本人が思っているような影響でもなければ、そうあってほしいと願っているような影響でもない。

 米政府関係者は現在、今後5年から10年間の米国の核政策の方向性と核保有数を決定する新しい報告書を仕上げるために労力を費やしている。国防総省が作成するこの報告書「核体制の見直し」は、年末までにバラク・オバマ大統領に提出されることになっている。

 報告書の作成にあたり、国防総省関係者は広島市長や長崎市長の核兵器廃絶の訴えに言及することはない。9月23日に国連で、「オバマ大統領の勇気あるリーダーシップをたたえ…核兵器のない世界を目指し米国と協力していく」という鳩山由紀夫首相の重要な発言を引用してもいない。

 そうではなく、今、米国の中で最も重要な日本の声は秘密の声である。日本の防衛省関係者の保守的な一部グループが広めた、もし米国が核兵器を削減するならば、日本は独自で核爆弾を製造するだろうという考え方だ。

 この問題は今年、いずれも元国防長官を務めたウィリアム・ペリー氏とジェームズ・シュレジンジャー氏が率いる戦略体制委員会が出した大きな欠陥のある報告書の中で急浮上した。委員会の保守派はこうした主張をしてもらうために、2度にわたり日本の政府関係者を呼び寄せた。それが功を奏した。報告書は1章を割いて「拡大抑止」の問題を扱っている。これは、米国の核兵器がその同盟国を守っており、それ故、これらの同盟国は自国で核兵器を開発する必要がないという論理である。

 保守派は米国の膨大な核兵器を無期限に維持することを正当化するため、こうした日本側の発言を利用したのだ。委員会のメンバーで核擁護のタカ派であるキース・ペイン氏は、「米国の拡大抑止が信頼性を失えば、日本の中には別の安全保障手段が検討されなければならないと考える人々がいる」と発言している。

 委員会自体は不明瞭な言い回しで、「特に重要な同盟国の一つ」(日本と読める)が、他国から見た米国の拡大抑止の信頼性について、次のように内々に主張したとしている。つまり「米国が危険な状態にあるさまざまな標的を守る具体的な能力を維持しているかどうかによる」と。

 核兵器の大量維持を支持しているジョン・カイル共和党上院議員は、新たな核兵器の必要性を主張するため、米国の「核の傘」への同盟国の信頼が揺らぐ様をしばしば引き合いに出す。カイル氏は米国が包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准することは、同盟国の信頼を損なうものだと主張し、来年上院で批准についての採決が行われる際には否決を断言している。

 このように、日本は米国の核政策に大きな影響を与えている。「核体制の見直し」の執筆者たちを含め米政府関係者の中には、米国の核兵器削減を日本が深く憂慮しているという繰り返し語られてきた話を信じている人たちがいる。彼らは、日本の核兵器開発プログラムを引き起こすことなく、米国は核兵器の削減はできないと大統領に進言するかもしれない。要するに、核削減が核拡散を促進すると言っているのである。

 日本はこうした認識を正す必要がある。日本の政府関係者たちは、間違った主張に反論すべきだ。でなければこの神話が根づき、広まることになる。反論しなければ、米国とロシアが核兵器の大幅な削減と究極的な廃絶への確かな道を歩むという、私たちが今、手中にしている機会を失うことになるかもしれない。

 実態はこうだ。米国は推定9400個の核兵器を保有している。そのうちの約半分は解体予定であり、残りの半分は「アクティブ貯蔵」、すなわち実戦配備を含めた使用可能な核兵器だ。広島を壊滅させた原子爆弾の10倍の威力がある何千個もの核兵器が、太平洋地域の標的に照準を合わせている。

 米国は常時、太平洋の核戦略として、約100個のトマホーク陸上攻撃ミサイル、1000個以上の潜水艦発射弾道ミサイル、そして必要に備えて備蓄されている1300個をゆうに超える核弾頭を用意している。さらに、太平洋地域における攻撃オプションとして、大陸間弾道ミサイル「ミニットマン3」に500個の弾頭を割り当てるとともに、国内基地に配備の戦略・戦術爆撃機に有事の核攻撃任務を与えている。

 米国の巨大な兵器庫には、日本への脅威を阻止するに必要な数をはるかに超える兵器が存在する。全米科学者連盟のハンス・クリステンセンが指摘しているように、この太平洋核配備体制が半分に削減されたとしても、中国全体の核兵器備蓄の3倍もの規模である。

 このように、米国はトマホーク巡航ミサイルを含むある程度の核兵器を退役させたとしても、広島と長崎の原爆数千個分にあたる核兵器を長年にわたり維持することになり、日本に対するいかなる核攻撃も効果的に抑止することができるのである。

 すべての核保有国が協調して削減を進め、段階を踏みながら核兵器全廃に向けて取り組むべきである。削減する間も廃絶後も、日本は強力かつ永続的な日米同盟により守られるであろう。この同盟は核兵器以上のものである。強力な通常兵器と、さらに重要な要素として、緊密で往々にして個人的でもある日米の政治的きずなによる同盟によってである。

 日本への脅威は、核兵器の廃絶ではなく、拡散である。オバマ大統領は国連で、「拡散の脅威はその範囲においても複雑さにおいても増大している。われわれが行動しなければ、あらゆる地域で核軍拡競争を招き、想像できないほどの規模の戦争やテロが起きる可能性がある」と述べた。大統領はまた、「言動により」国際社会と積極的にかかわり、核兵器のない世界の実現に向け尽力する覚悟があることを示す必要があると語った。そして、国連に対し、この共通の目的を共有する国々は、その実現のために努力する責任も共有していることを指摘した。

 核廃絶への積極的な機運を持続させるには、オバマ大統領は日本の協力を必要とするだろう。

 ここ数カ月、時間をかけつつも北朝鮮を交渉の場に呼び戻すことについて進展がみられた。また、わずか数週間の間に、イランについても前進があった。日本は、二つの難局において重要な役割を果たすことができる。もし両国が国連決議に違反し続けるようであれば、強力な制裁を科すことを支持するとともに、直接外交により核プログラムの停止を求めるべきだ。

 中国の胡錦濤国家主席は、国連安保理で核不拡散・軍縮決議を支持し、「すべての核保有国は非保有国に対して、核兵器の使用や威嚇を行わないことを確固として無条件に誓約すべきだ」と述べた。

 岡田克也外相も同意見である。岡田外相は、9月の就任会見において、「核の先制使用は認められるべきではない」とし、「その結果、抑止力が弱まるとは思わない」と発言。さらに「核を持っていない国に対して核保有国が核を使うのは違法だという議論が成り立つ可能性があると思う」とも話した。

 鳩山首相は核廃絶を支持し、「今こそわれわれは行動しなければならない」と言っている。その通りである。日本政府は可能な限り頻繁かつ明確に、日本は米国やその他の国の核兵器削減を支持しており、米国のCTBT批准に賛同していると繰り返すべきである。

 鳩山首相は米国の新聞に自分の考えを直接寄稿することを考慮すべきだ。これは米国民に対し、日本の立場について直接説明することにより、誤った主張を正すための容易で実に効果的な方法である。核兵器のない世界の平和と安全保障を目指すという、鳩山首相やオバマ大統領、日本国民や米国民が共有する目的を推進するために、この好機を逸してはならない。鳩山首相が言ったように、「われわれに浪費する時間はない」。今こそ行動しなければならない。

(2009年10月12日朝刊掲載)

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