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社説・コラム

ヒロシマと世界:古い「核秩序」から新しい「反核秩序」の時代 確立へ

■イサム・マフール氏 「エミール・ツーマ」パレスチナ・イスラエル研究所会長(イスラエル)

マフール氏 プロフィル
1952年、ガリラヤ生まれ。1980年、ハイファ大学で修士号(社会学)取得。1999年から2006年までイスラエル国会議員(平和と平等のための民主戦線〈ハダシュ〉に属す)。国会などでイスラエルの核政策に異議を唱え、ディモナにある核施設の閉鎖を求めるキャンペーンを展開。中東に非核地帯を創設するよう国内で強く提唱している。2010年5月に開催される核拡散防止条約(NPT)再検討会議国際計画委員会メンバーでもある。政治・社会問題などについての論文・記事多数。2007年から「エミール・ツーマ」パレスチナ・イスラエル研究所会長を務める。


古い「核秩序」から新しい「反核秩序」の時代 確立へ

 物理学者のアルバート・アインシュタインと哲学者のバートランド・ラッセルが1955年7月9日に出した共同宣言は、次のように述べている。

 「私たちが今この機会に発言しているのは、特定の国民や大陸や信条の一員としてではなく、存続が危ぶまれている人類、すなわち『人間』という種の一員としてである。・・・ここに、厳しく、恐ろしく、そして避けることができない問題がある。すなわち、私たちは人類に絶滅をもたらすのか、それとも人類が戦争を放棄するのか?」 「私たちは、人類として、人類に向かって訴える。あなたがたの人間性を思い出し、そしてその他のことを忘れよ、と。もしそれができるならば、道は新しい楽園へ向かって開けている。もしできないならば、あなたがたの前には全面的な死の危険が横たわっている」

 今日、人類は岐路に立っている。64年前、広島と長崎に米国の原爆が投下されたことによりできあがった古い核秩序は行き詰まりを見せている。「予防戦争」、過激な新自由主義、米国の思惑を力で押し付ける残虐な戦略といったブッシュ政権の政策が失敗に終わるのを私たちは目の当たりした。このことは、グローバル化やその他の世紀の変わり目に起こった地政学的変化とあいまって、人類に選択を迫っている。一つの選択肢は、その意思を持ち能力もあるより多くの国が核クラブに入ること。もう一つは、人類が核兵器のない世界を選択することである。

 核秩序は、第2次世界大戦の終わりに広島と長崎の廃虚の中から生まれ、冷戦時代を通じて成り立っていたが、もはや立ち行かなくなっている。21世紀初頭の今、人類は大量破壊兵器が広範囲に拡散する危険な新核秩序に直面することになるか、あるいは、例外なく誰もが核兵器を保有しない新たな「反核秩序」を打ち立てるかのどちらかである。

 今日、核問題について議論する理由は、核保有国が直面している危険ゆえというより、核保有国が自分たちの自由裁量で核兵器の独占を、世界的あるいは地域的に可能にしている古い核秩序を維持しようと躍起になっていることに対してである。

 こうしたケースは、とりわけイスラエルのように核拡散防止条約(NPT)に加盟せず、その一方で核能力を得ようとする国々に対しては破滅的な戦争をしかけると威嚇するような国々に顕著である。イランの核開発計画に反対し、中止させようとしながら、イスラエルにある大量の核兵器を見すごす人々は、当然のことながら偽善的だとのそしりを免れない。

 広島と長崎への犯罪的な原爆投下は、米国が存亡の危機に直面するがゆえに行った防衛的行為ではない。その時の状況を決定づけるためではなく、未来を決定づけるためになされた行為であった。日本を打ち負かすためではなく(当時、戦争の勝敗はすでに決まっていた)、ソ連を圧倒するためであり、戦後の世界秩序を形成するためであった。

 同様にイスラエル政府が、イランの核開発プログラムに対して恐怖をかき立てているのは、イスラエルにとって真の存亡の危機を終わりにするためではない。中東でのイスラエルの核独占体制を維持するために、侵略戦争への世論の支持を得る準備である。

 日々明らかになっていることは、一握りの国々が核を独占する「権利」を持っていることへの抗議の声が世界中に高まっていることだ。彼らは現状に甘んじるつもりはない。世界の核をめぐる緊張関係の中心にあるのは、一方でこの独占体制に挑む国々があり、他方で独占体制を維持しようとする核保有国があることである。特に中東における核独占への固執は、世界平和と地域の人々の平穏な暮らしを危険にさらしている。

 世界と地域における「核秩序」と「反核秩序」のせめぎあいの中で、日本人と広島・長崎両市は重要な役割を果たし、類なき道義的な重みを有している。核兵器による人類に対する最初の犯罪の被害者として、中東も含め、核軍縮を推し進めるためにこの重みを行使する権利があり、義務さえ負っている。犠牲者としてだけでなく、核廃絶推進の旗手として、また人類の良心の表れとして。

 地域的にも世界的にも核軍縮に向けて国際世論が高まっている。国連で前向きな討議がなされ、核廃絶に関する安全保障理事会の決議が採択された。特に、核兵器のない世界に向けてのオバマ米大統領のイニシアチブは、モスクワとの間で核兵器の相互削減への合意を取り付けた。こうした一連の動きは、核兵器のない中東に正義ある平和を構築するための取り組みを後押しする好環境をつくり出した。この好機は、中東における人々の安全の保障は核軍拡競争によってではなく、核の非軍事化によって得られるという認識により、さらに強められている。

中東に「核曖昧(あいまい)政策」ではなく「核軍縮」を!

 深く憂慮すべきことは、米紙ワシントン・ポストが次のように報じたことだ。オバマ大統領はイスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相との5月の会見の際、国際機関の管理や監視を受けることなくイスラエルが核を保有することを許すという「曖昧政策に同意」したとしていることだ。この決定ゆえに、米国はイスラエルに対して核能力の詳細を明らかにするよう迫ることはなく、NPTへの署名を要請することもないであろう。

 広島、長崎、また日本人全体が持つ道徳的力は、核危機をもたらす原因でもある二重基準(ダブルスタンダード)の考え方に対処するうえで極めて重要である。ある国々は、世界の核問題、特に東アジアや中東の核問題を、広く行き渡った二重基準という非道徳的なやり方で対処しようとしている。このため、核軍縮に取り組みながら、信頼性を損なうことになっている。核兵器のない世界を追求するには信頼を獲得する必要があり、信頼こそ成功のための必要条件といえる。

 これまでイスラエルは核兵器の問題を、自国の政策の指針である二つの基本原則により扱ってきた。曖昧の原則と抑止の原則である。この二つのイスラエルの原則は、さまざまな状況の変化により陳腐化してしまっている。

 一つには、全世界がイスラエルによる膨大な数の核・生物・化学兵器の所有が中東における核軍拡競争の根本理由を成していることを知っており、曖昧政策は諸外国にとって冗談にすぎなくなっているのだ。イスラエルが好んで問題にする「イランの危険性」は、イスラエルが主導する中東における核政策の結果であって、原因ではない。ディモナ核施設への反応であり、それ以上の説明は不要だろう。

 また、曖昧さと抑止にまつわる一部始終は、イスラエルの核の現実に目をつぶろうとする米国の利益のために、イスラエルが捏造(ねつぞう)した見え透いたうそである。今かつてないほど、イスラエル国民にとってさえ明確になっていることは、中東における核兵器の一方的な独占は不可能だということだ。中東にそのような兵器があるとすれば、1国が排他的に保有することにはならない。イスラエルに大量の核兵器が存在することは、他国の核兵器開発の抑止につながらない。現実は他の国々に、対抗策として核兵器や生物・化学兵器の入手への動機づけとなっているのである。

 核兵器のない世界を目指すオバマ大統領のイニシアチブを含め、中東や世界中の人々が真に取り組むべきことは、イランの核開発プロジェクトについて議論するこの機会をとらえ、中東全体における核問題を明らかにすることである。中東におけるすべての大量破壊兵器を解体し、イスラエルがNPTに加盟するよう圧力をかけ、軍拡競争を阻止するための信頼醸成措置に努め、中東に非核兵器地帯を設け、イスラエルやイラン、あるいはどの国であれ、この地域での大量破壊兵器開発計画を廃止する取り組みがなされなければならない。

 イランの核問題に関しなされるべき主要な作業は、状況を逆転させることである。軍事力によってイランの核開発プロジェクトをいかに破壊するかという問題を考える代わりに、イスラエル人やイラン人も含め、中東のすべての人々の真の利益は、自分たちの安全が保障されることだと考えることである。そして、それは核兵器によってではなく、中東のすべての国が非核化されることにより達成される。核の脅威に反対する行為は選択的であってはならず、二重基準により対処されるべきではない。

 すべての大量破壊兵器を解体し、中東の国々を核・生物・化学兵器による死の危険から解き放つことは、平和的解決のための基盤であり、「アラブ和平イニシアチブ」やオバマ大統領の核兵器のない世界への取り組みの礎となるべきものである。

(2009年10月26日朝刊掲載)

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