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社説・コラム

ヒロシマと世界: 私たちは皆ヒバクシャ 核の脅威は人類共通

■ティルマン・ラフ氏 メルボルン大学准教授・核戦争防止国際医師会議理事(オーストラリア)

ラフ氏 プロフィル
 1955年3月、アデレード生まれ。1980年、モナッシュ大学医学部を卒業し、1988年、プリンスヘンリー・フェアフィールド感染症病院で内科研修終了。専門は予防医学。予防接種から健康を守るための緊急課題である核兵器廃絶まで、活動は多岐にわたる。現在、メルボルン大学ノサール世界保健研究所准教授、オーストラリア赤十字医療顧問、オーストラリア政府およびユニセフ太平洋地域予防接種プログラムの技術顧問を務める。このほか核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)会長、核戦争防止国際医師会議(IPPNW、1985年ノーベル平和賞受賞)理事。元オーストラリア戦争防止医学協会会長も務めた。

私たちは皆ヒバクシャ 核の脅威は人類共通

 私の人生は20年前、広島で変わった。1989年10月、娘は7歳で、息子は18カ月だった。第9回核戦争防止国際医師会議(IPPNW)世界大会に参加するため被爆地を訪ねた私は、ホテルにチェックイン後、初めて大量の血尿を経験した。その数カ月後、進行性ぼうこうがんで根治手術を受けた。

 こうした経験をすると、人は命と健康の大切さともろさを思い出す。命も健康も当然のものだと考えてはならず、精いっぱい日々を生きるべきであり、大切なことに注意を向けなければならないのだと思い知る。

 私たちは力を合わせて、地球の温暖化と核による壊滅という前代未聞の規模の二つの脅威に立ち向かわなければならない。これらの脅威は、将来のすべての世代と複雑な生命体を維持するための地球の能力を脅かすものであり、これほどの脅威に対処することを迫られた世代はかつてなかった。私たち全員がこの脅威にさらされているのであり、全人類共通の危険を回避し、未来を守るには、あらゆる人々の力が必要である。無駄にする時間はない。

 核の脅威が暗示する危機的状況は深刻である。新型核兵器や運搬手段が開発される中で、軍縮は一歩前進、二歩後退を繰り返している。核兵器に対する根深い「2重基準」にあらがって、最貧国を含め新たな国々が核兵器を入手している。核兵器製造能力は、核技術とともに拡散し続けている。国際的な法の支配はむしばまれてしまっている。

 こうした危機的状況が進む一方で、核兵器に関する現在の状況がこのまま続くようであれば大惨事をもたらしかねないという認識が広まりつつある。言葉だけでなく行動を通じて核兵器のない世界の実現に取り組むかまえを見せているオバマ米政権も誕生した。これらは、核兵器の非合法化と廃絶を前進させる歴史的好機をつくり出している。

 医師としての私の職業的責務は、公平に病気を治療し、苦痛を和らげ、健康を増進することである。科学的証拠を検証し、特に有効な治療法がない場合、予防を提唱することでもある。核兵器の使用を防止するには、核兵器の廃絶が必要である。世界保健機関(WHO)総会は1983年に、核兵器が人類の健康と福利に最大かつ緊急の脅威をもたらしていると宣言している。この世界的な健康への脅威は以前深刻なままである。

 約30年前、科学者たちは、都市を標的にわずか100個の大型核兵器が使用されても、地球の気温は氷点下に急下降することを発見した。広島に投下された原子爆弾と同規模の場合、15平方キロの範囲が大火災に見舞われる。1個の戦略核弾頭だと、300平方キロ以上で大火災が起きる。核戦争後に起こるであろう世界的な気候変動に伴う大惨事と飢饉(ききん)への認識が、1986年のピーク時に7万個あった核弾頭を、現在は少なくとも2万3300個まで削減させる重要な役割を果たした。しかし、危険が去ったわけではない。

 最近の研究によれば、広島と同規模の核兵器が100個使用されるような限定地域核戦争でさえ、深刻な世界的気候変動をもたらすとされる。これは、現在世界に存在する核兵器の爆発力の0.03%にすぎない。推定4400万人が爆風、熱線、放射線により短時間のうちに死亡するだろう。

 さらに、大量のすすを含んだ500万トンの黒煙が、雨などのあらゆる気象現象を通り越して成層圏へと立ち上り、世界中に拡散。10年間はとどまり続けることだろう。気温は最大5度下がり、辺り一面が暗くなり、作物は霜で枯れ、植物の成長する季節が最大1カ月短縮され、降雨量も最大60%減少する。南アジアのモンスーンは発生せず、紫外線量が大幅に増え、種子、肥料、燃料、機材の供給が中断する。そして、これらが相まって、その後何年にもわたり世界の食糧生産量が激減するであろう。

 控えめな予測でも、すでに食糧難にある10億人以上が餓死することになる。多くがその後に発生する伝染病、放射性降下物、騒乱の犠牲となるだろう。広範な地域が何十年にもわたり人の住めない地となり、数千万の人々が汚染された地域から避難することになる。世界の貿易や農業に必要な物資の供給は中断され、一部の人々が食糧を囲い込み、食糧価格は高騰し、さらなる暴動が起きることになるであろう。このような事態を引き起こす核戦争は、すべての核保有国が起こし得るものである。

 こうしたデータが明確に示すように、私たちは同じ運命を共有している。いかなる核兵器の使用も絶対に防止する必要があり、緊急にすべての核兵器をゼロにすべきだということである。

 核兵器の使用やさらなる危険を拡大させる、正当化できる目的は一切ない。核攻撃への報復に核兵器を使用することは自殺行為であり、理不尽このうえない。核兵器使用の能力や意思に基づく核抑止力は不道徳であり、キューバ・ミサイル危機のように、人類はこれまでに少なくとも5回は危機的状況に陥っており、いつの日か必ず失敗するであろう。核抑止の考え方は、核拡散をあおる。核兵器は、他の武器と比べ単に破壊力が大きいだけという理解で行使したり、威嚇に用いたりすべきではない。

 私たちの基本的遺伝子の青写真であるDNAは、祖先から受け継ぎ、子孫へと引き継いでいくべき最も貴重なものである。だが、DNAは電離放射線による損傷を極めて受けやすい。致死量の放射線が含むエネルギー量は、一杯のコーヒーに含まれる熱量ほどのものである。核兵器は、私たちのこの小さな惑星で、星たちが持つほどのすさまじい威力を解き放つことになる。大規模な核戦争により放出される放射線量は、太陽の20倍から30倍もある星たちが爆発する際にできる超新星から出る放射線量に匹敵する。

 放射線と人体への影響について解明が進むほど、事態はより深刻にみえる。原子力発電所から5キロ以内に住んでいる子どもたちの間では、白血病を発症する確率が通常の2倍以上であり、50キロをはるかに超えても発症率が通常よりも高いことが分かっている。

 IPPNWの研究によれば、過去の大気圏核実験による放射性降下物のために、世界中で控えめに見積もっても240万人が、がんで死亡すると考えられている。英国が1950年代に南オーストラリアで行った核実験では、オーストラリアのほぼ全土に放射性降下物が拡散した。子どもだった私が住んでいたアデレードにも降下物が降り注ぎ、私ががんにかかる確率を高くしたといえる。実のところ、私たちは皆ヒバクシャなのである。

 原子炉では、初期燃料に含まれる放射能を約100万倍に増やす。世界31カ国で現在稼動している441カ所の民生用原子力発電所は、事故が起こったり攻撃されたりした場合には、大量の放射能を含んだ「ダーティ・ボブ(汚い爆弾)」として機能する可能性がある。使用済み核燃料の貯蔵プールは、往々にして原子炉の10倍から20倍もの大量の長寿命放射能を含んでいる。ノーベル平和賞を受賞した物理学者のジョセフ・ロートブラット博士は、核兵器で原子力発電所を攻撃した場合、標的が原発でない場合と比べ、ある特定のレベルの放射能汚染地域が17倍に拡大し、標的が典型的な使用済み核燃料貯蔵庫の場合は、さらにその2倍になることを示した。

 核兵器に使用可能な核分裂性物質の扱いは、現在の性質やその所有者の意図に基づくのではなく、本来の特性に基づいているべきだ。防護とは名ばかりの安全保障措置の下で、オーストラリアがウランを輸出しているのは無責任である。同様に、プルトニウム(半減期は2万4400年)の貯蔵は、たとえ日本政府が今のところ核兵器を製造する意図がないとしても、極めて危険である。数千年、数十万年先については言うまでもなく、今後数十年、数百年先であれ、この物質がどのような状態になっているかについて私たちは無知であり、管理するすべを持ち合わせていない。

 良い統治とは、良い医療行為のように、証拠に基づいて行われる。核兵器廃絶には、すべての国に一貫性のある基準を適応し、包括的かつ検証可能な条約が必要である。核分裂性物質の生産を禁止し、厳格な国際管理の下におき、可能な場合には廃絶することが求められる。核兵器のない世界は、原子力発電所が次第に姿を消すことになれば、より容易に達成され、維持されるであろう。少なくとも、ウラン濃縮を制限・管理し、プルトニウムの分離を中止するには、核関連産業の大規模な構造変化が必要である。

 核兵器禁止条約の交渉開始が早いほど、あらゆる必要な法的、技術的、政治的課題について早期に合意に達することができる。包括的条約により、ダムダム弾、化学兵器、生物兵器、地雷、クラスター弾は廃絶されるか、廃絶過程にある。

 来年5月の重要な核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向け、各国政府はこのような条約を提唱し、準備を始める必要がある。核兵器禁止条約の交渉が、2015年に開催されるその次の再検討会議の前に開始され、それに続く2020年の再検討会議までに締結されることを望み、期待することは実に理にかなったことである。

(2009年11月10日朝刊掲載)

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