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社説・コラム

ヒロシマと世界:米印原子力協定 印パの核軍拡競争に拍車 

■J・スリ・ラーマン氏 ジャーナリスト(インド)

J・スリ・ラーマン氏 プロフィル
 1943年7月、インド南部タミル・ナドゥ州ドゥンドグル生まれ。1965年、マドラス大学(政治学)卒。Patriot (1984-89)、Hindustan Times (1989-92)、Indian Express(1993-2000)など、インドの有力新聞社で論説委員などを歴任。現在は、フリーランサーとして米国のウェブジャーナルTruthoutに定期的に記事を執筆。パキスタン・ラホールにあるDaily Timesに2週間毎に寄稿するとともに、インド・チャンディーガルのTribune、インドのウェブジャーナルFrontpageなどにも記事を書いている。平和活動家としても活躍。チェンナイ(旧マドラス)にある「核兵器に反対するジャーナリスト会議(JANW)」、「核兵器反対運動(MANW)」の議長を務める。「インド核軍縮・平和連合」(CNDP)の全国調整委員会メンバーでもある。


米印原子力協定 印パの核軍拡競争に拍車 

 11月23日、インドの陸軍参謀長ディパック・カプール大将は、実際に集めた関心よりもはるかに大きな注目に値する発言をした。カプール大将はニューデリーで開催されたセミナーで、「核兵器を背景とする限定戦争の可能性は、少なくともインド亜大陸においてはいまだ現実である」と述べたのである。

 核戦争が何を意味するかを知り、ヒロシマの悲劇を忘れていない者にとっては、身も凍るような発言である。この発言は、南アジアの平和構築への新たな課題を投げかけている。すなわち、この人口過密地域において最も悲惨な紛争が勃発(ぼっぱつ)する大いなる可能性を示唆しているからだ。

 陸軍の参謀長が、自国と隣国パキスタンを巻き込む核戦争の脅威を口にするのは日常的にあることではない。このただならぬ発言は、最近の二つの大きな状況の変化の結果である。一つはこの地域で核軍拡競争が加速していること、もう一つは核対峙(たいじ)するパキスタンとの緊張関係が増していることである。

 印パ両国間の核軍拡競争が再燃している最大の要因は、米国とインドの核協力にある。平和目的の民生用核協力を旨とする2国間の取り決めは、これまで核拡散防止条約(NPT)非加盟国のインドに対して閉ざされていた国際的核取引を可能にした。この取り決めは、二つの意味でインドの戦略核プログラムを大きく前進させることになった。

 第一に、民生用原子炉に必要な核燃料が輸入されることにより、インドで産出されるウランを軍事プログラム用の原子炉に回すことが可能となった。第二に、使用済み核燃料の再処理が可能になるため、核爆弾の製造や、消費する以上の燃料を製造できる高速増殖原子炉用のプラトニウムを抽出できることだ。

 米印原子力協力協定は、インドが米国以外の国々と2国間協定を結ぶことも可能にした。ここ数カ月の間に、同様の協定がフランス、ロシア、カザフスタン、ナミビア、モンゴル、カナダの6カ国との間で結ばれた。このうち、ロシア、カザフスタン、ナミビア、モンゴルの4カ国は、インドにウランを売却することにも同意している。こうした相次ぐ協定ゆえに、インドとパキスタンの平和活動家たちは、将来を深く憂慮している。

 米国のブッシュ前大統領とインドのシン首相が、米印原子力協力協定を結ぶことを思いつき、2005年7月18日のワシントン声明でそのことに言及して以来、パキスタンはこの取り決めに対して憂慮の声を上げてきた。2008年7月24日、パキスタン政府は、60カ国以上にあてた手紙で、この取り決めは印パ間の核軍拡競争を加速しかねないと国際社会に警告した。パキスタン政府は、こうした抗議行動とともに、自国の核兵器プログラム強化のための一連の方策も打ち出した。

 インドは、報道機関の軍事担当部門が騒ぎ立てているように、不幸にも目を見張るようなやり方で、「核時代」への道を邁進(まいしん)している。7月26日には、弾道ミサイルを水中発射できる能力を持ち、核兵器搭載も可能な7千トンの原子力潜水艦「アリハント」の海洋試験航海を行った。これは、計画されている5隻からなる艦隊の1隻目である。

 29億ドルを投じた計画により、2003年1月に採択された「インド核政策」の中で構想されたように、核の「航空機、機動性地上発射ミサイル、海洋型システムの3要素」が完成することになる。

 パキスタンは、核兵器運搬手段として航空機とミサイルしか持たないため、潜水艦発射能力を非難した。パキスタン政府は核軍拡競争に新たな進展があると断言。「南アジアにおける平和と安全のためには、戦略的バランスを維持することが不可欠だと確信する」と宣言した。

 インドが建設中の高速増殖原子炉は、来年には運転開始予定である。国際原子力機関(IAEA)の査察対象外のこの原子炉は、インドの核兵器級プルトニウムの製造能力を現在の3倍から5倍まで押し上げるとされている。

 さらにインドは、さまざまな地上発射ミサイルの実験も行ってきた。2008年5月には、射程3500キロの「アグニ3」の発射実験に成功した。現在は、同様のミサイルで射程5千キロ以上の新型の開発を進めている。この新型はインドが保有する核兵器体系の中で最も強力な兵器となるであろうが、最近実験が行われた射程600キロの地下格納用ミサイル「シャウルヤ」と射程290キロのミサイル「ブラモス」が、亜大陸の隣国に直接の脅威を与えている。

 一方、パキスタンの核兵器崇拝軍事主義者たちが、こうした事態を看過してきたわけではない。米国の核問題専門家、ロバート・ノリス氏とハンス・クリステンセン氏による最近の報告書によれば、パキスタンは現在、インド(60~80個)より多くの核兵器を保有している(70~90個)。また、米統合参謀本部議長のマイク・マレン提督が、連邦議会議員に対し、パキスタンが急速に核兵器の数を増やしているという確認済みの情報について報告したとされる。これらの情報の一つは、パキスタンが二つの新しい原子炉で、核兵器級レベルのプルトニウムの製造を始めたと伝えている。

 米国政府は8月、パキスタンが特にインドの地上標的に対して使用するため、米国製の対艦ミサイル「ハープーン」を改良したとして、パキスタンを非難したとされる。米国はこのミサイルを165基パキスタンに売却している。パキスタン政府は「該当するミサイルに関して改良は一切加えていない」という簡単な声明を出したが、この問題はいまだ解決に至っていない。

 パキスタンは核兵器搭載可能な弾道ミサイルと巡航ミサイルの実験を続けている。パキスタンが保有するミサイル群には、射程1600キロの「ガウリ」と740キロの「シャヒーン」、300キロの「ターマック」が含まれており、「ガウリ」と「シャヒーン」は1トン、「ターマック」は1.8トンの最大積載量を持つ。

 この間インドでは、核兵器崇拝軍事主義者たちの二つのグループ間で、異なる主張が繰り広げられている。より強硬論者のグループは、インドが核融合爆弾、すなわち水素爆弾を保有すべくさらなる核実験をすべきだと主張している。これに対し、安全保障アナリストのK.サブラマニヤム氏ら幾分穏健なグループは、最近の新聞記事で、「中国や南アジアにおける都市の過密な人口や近年の都市開発を考えると、(数メガトンの威力を持つ水爆ではなく)25キロトンの原爆でさえ、その被害は広島や長崎が被った被害をはるかに超えるものになるだろう」と論じている。

 このような議論が、広島への原爆投下後、「原子爆弾は長年にわたり人類を維持してきた崇高な感情を麻痺(まひ)させてしまった」と書いた、インド独立の父、マハトマ・ガンジーを生んだ地で起こっているのは奇妙なことである。今日必要なことは、インド亜大陸を核戦争のふちへと追いやる暗愚な力に対し、明確に強い抗議の声を上げることである。

 これまでも軍国主義者たちの狂気のゲームに抗議の声が上がってこなかったわけではない。インドでは、1998年5月に核実験がラジャスタン州ポカランの砂漠を揺るがせて以来、さまざま平和運動が起こり、声を上げてきた。しかし、平和を犠牲にして権力を求める勢力や、こうした勢力におもねるメディアの核崇拝主義が幅を利かせる中で、平和を求める声はほとんどかき消されてきた。「ヒンドゥー教徒の爆弾」を歓呼し、人々が通りに繰り出して核実験の成功を祝う様子は、メディアで大きく取り上げられた(実際、放射性物質を含んだ灰が実験場から国中にまき散らされるのを食い止めるのは容易ではなかった)。しかし、集会、デモ行進、人間の鎖などインド全土で行われた抗議行動はほとんど注目を集めなかった。

 だが、平和運動にかかわる私たち自身の経験から、声なき数百万の住民が私たちと同じ気持ちであることを知っている。インド南部タミル・ナードゥ州の州都チェンナイ(旧マドラス)に住む私たちは、核実験が実施されてすぐに、核兵器プログラムの背後には「国民的合意」があるとの主張が、いかに見かけ倒しであるかを知った。報道機関が総じて核実験を支持しているという主張は、「核兵器に反対するジャーナリスト会議(JANW)」が設立された事実により否定された。核実験はインドの科学界が誇るべき功績だという宣伝文句に対しても、「核兵器に反対するインド人科学者会議」(ISANW)が創設された。

 2000年には、労働者、女性、作家、芸術家、若者らがこれらのジャーナリストや科学者に加わり、「核兵器反対運動(MANW)」を設立した。この年、核兵器反対運動は、「全インド核軍縮・平和連合(CNDP)」の立ち上げに貢献した。

 関心を集めている核兵器反対運動のプログラムの一つは、「ヒロシマはここでも起こりうる」というスライドショーである。南アジアに多くのヒロシマの惨禍を生みだそうとする計画が進行中の今、私たちは抗議行動の推進を提唱している。平和を愛するすべての人々、とりわけ核戦争が何を意味するかを深く知る日本の人々との連帯を頼りにしている。

(2009年12月15日朝刊掲載)

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