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社説・コラム

国際シンポ「ヒロシマは核兵器廃絶をめざす」


日米関係や北東アジア情勢を展望し、核兵器廃絶への課題をめぐって意見交換するパネリスト

 来年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向け、核兵器廃絶を実現する方策と課題を考える国際シンポジウム(広島市立大広島平和研究所、中国新聞社ヒロシマ平和メディアセンター主催)が5日、広島市中区の広島国際会議場であった。「ヒロシマは核兵器廃絶をめざす―2010年NPT再検討会議を前に」をテーマに、北東アジア情勢も分析しながら、米国や韓国の専門家たちが意見を交わした。市民約250人が聞き入った。

≪パネリスト≫
グローバル・セキュリティー・インスティテュート所長 ジョナサン・グラノフ氏

元韓国統一相 丁世鉉(チョンセヒョン)氏

元軍縮大使 美根慶樹氏

詩人 アーサー・ビナード氏

中国新聞社ヒロシマ平和メディアセンター 田城明センター長

≪司会≫
広島市立大広島平和研究所 水本和実准教授


基調講演

非核地帯化で域内安保を グラノフ氏

 
 被爆地は「核兵器は非人間的であり、未曾有の問題をもたらす。だからこそ廃絶しなければならない」と訴えてきた。広島そして日本には、世界を平和に導く権利と責任がある。

 米国は勇気あるリーダーに恵まれた。オバマ大統領は4月のプラハ演説で、原爆を使った国として核なき世界に向けて努力する道義的責任があると言った。理念は前進し、これからは実行が必要だ。

 核抑止力を維持することは、核兵器の政治的役割を下げることを妨げる。北朝鮮の核は日本にとって脅威かもしれないが、核兵器でなくても日米の通常兵器で十分対応できる。脅威が生じる理由をなくす方向に努力を向けるべきではないか。核兵器は恐怖心をあおり、対話が必要な場面で逆に壁をつくってしまう。

 原爆被害を唯一体験し、米国の同盟国でもある日本が核兵器廃絶の声を上げるのは大きな意味を持つ。それなのに、米国が廃絶へ動くと日本など同盟国が核武装すると考える政治家や軍関係者が米国にもいる。核軍縮を進めない言い訳に日本が使われていいのか。

 廃絶に受け身ではいけない。例えば日本、韓国、北朝鮮で構成する北東アジア非核兵器地帯が実現すれば、域内の安全保障は強化される。包括的核実験禁止条約(CTBT)などの具体的な枠組みも重要だ。廃絶に向け、段階的な準備を始めなければならない。

 核兵器禁止条約の締結も大切だ。核兵器のない世界を本気で願う国々が集まり、準備会議を開いてはどうだろうか。日本はそのプロセスをけん引する根拠と実力が十分にある。


北朝鮮の狙い 見極め必要 丁世鉉氏 


 核兵器なき世界の建設も核拡散防止条約(NPT)再検討会議の活性化も、北朝鮮の核問題の解決が第一歩となる。そのためには、北朝鮮が「核のカード」で何を得ようとしているのか、その立場と論理を正しく理解する必要がある。

 2005年9月の6カ国協議共同声明で北朝鮮の狙いが分かる。北朝鮮の核廃棄に対して5カ国が約束した代価は、(1)日米と北朝鮮の国交正常化(2)5カ国によるエネルギー・経済支援(3)関係国との平和協定の協議―の順だった。

 つまり核カードの目的は、経済支援よりも日米による北朝鮮の体制認定にある。体制の承認や国交正常化などが保証されるとき、北朝鮮は核プログラムを廃棄していくだろう。

 ブッシュ米政権は圧迫と制裁で北朝鮮の核廃棄を誘導しようとしたが、対話は閉ざされ、その間に北朝鮮は核実験を成功させ、核能力を育成した。

 一方、現在、クリントン米国務長官は演説で、核廃棄の代価として国交正常化と平和協定に繰り返し言及している。オバマ政権がこの方向で解決法を探せば、来年のNPT再検討会議までに北朝鮮の核問題を解決するロードマップができるかもしれない。

 日本の鳩山由紀夫政権は、拉致問題の解決を譲れない条件とするより、まず北朝鮮との国交正常化に積極性を見せるべきだ。さらに米国に「消極的安全保障」を促せば、オバマ政権の北朝鮮に対する核政策に弾みがつき、東アジアの非核化プロセスが始まるだろう。日本には「核兵器なき世界」をつくらなければならない歴史的な理由と現実的な力がある。


パネル討議



米の動き

水本 最大の核超大国である米国の動きをどうみますか。

グラノフ 米国はこれまで核兵器の開発に5兆7千億ドルを費やしてきた。昨年だけで500億ドル。1日1億3千万ドルを超える。一方、国際原子力機関(IAEA)の年間査察予算は1億2千万ドルだ。この数字が逆になれば、もっとしっかりとした査察ができる。

美根 米国は2000年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で核兵器廃絶の「明確な約束」に同意した。しかし、ブッシュ政権はそれを確認することを拒否してきた。オバマ大統領がこの明確な約束に立ち戻ることができるかが焦点の一つではないか。

ビナード 生まれ育った米国では、原爆投下で100万人の米兵が助かったと教わった。ただなぜ2発も投下したのか引っかかっていた。

 核兵器について私自身の現在の認識は、第五福竜丸事件を調べたことが転機になった。太平洋のビキニ環礁で水爆実験を目撃し、「死の灰」で被曝(ひばく)した乗組員たちは、米国防総省のトップシークレットを知ったのに、なぜ無事に故郷に戻れたのか。

 調べてみると、彼らは傍受を恐れて無線を使わなかった。死の灰を瓶に保存して持ち帰った。彼らは英雄なのだ。なのに、ほとんどの資料で「かわいそうな被害者」として小さくまとめられていた。それではすぐに忘れ去られてしまう。語り方の工夫が必要ではないか。

グラノフ ほとんどの米国民は「悪いやつに核を持たせてはいけない」くらいの意識ではないか。米国の核兵器が今もロシアに向けて警戒配備されていることも知らない。核問題は米国民にとっては心理的に考えたくない問題であり、知識もない。

水本 核軍縮から廃絶へ世界はどんな道筋をとるべきでしょうか。

グラノフ 核兵器を持たない国への核兵器の使用はモラルに反する。これらの国を核攻撃しないという「消極的安全保障」は重要だ。核兵器廃絶は一晩ではできない。構造的に進めなければならない。

 日本が黙っていてはいけない。「核の傘」を閉じることで核兵器廃絶に向けて勢いをつけることができる。サッカーの試合時間は90分だが、ゴールに必要なのは15秒と言われる。今がその時だ。

ビナード 私も日本政府にいらだちを覚える時がある。アフガニスタン攻撃やイラク戦争で日本が「ちょっと待って」と言えば、状況は変わっていたはずだ。サッカーの例でいうと、シュートチャンスなのに日本はシュートしない。ボールは米国が持っているからと言う。


鳩山政権

水本 日本の新政権の動きがポイントですね。

 「核の傘」が必要と主張する日本国内の勢力に対し、鳩山由紀夫政権がどうかかわっていくか、核兵器廃絶への糸口をどうつかむかにかかっている。ヒントが見つかれば、速い展開で進むかもしれない。核兵器の加害者(米国)と被害者(日本)が手を取り合い、保守・軍事主義者たちの声を抑制できるかが課題だ。

田城 被爆地から考えると、(核兵器の使用は反撃に限る)先制不使用宣言や消極的安全保障は今すぐでも実現しなければならないし、実現できることだ。無差別大量破壊兵器の核兵器は非人道兵器であり、なくすべきだということ。温暖化や水、食糧、人口増加の問題などとともに、地球を守るという視点から考えるべきだ。

ビナード ヒロシマ・ナガサキについて、それが世界にとってどういう意味を持っているのか自分なりに伝えていきたいと思っている。被爆地が果たしてきた役割を伝えたい。

 核兵器は人間がつくったものだから人間がなくせないはずはない。環境問題よりもはるかに簡単なことだ。

水本 会場で聞いているロバート・グレイ元米軍縮大使に発言してもらいましょう。

グレイ ブッシュ政権が「暗い時代」だったとすれば、今は「ルネサンスの時代」と言えるほどに変化した。米国の「核の傘」の下にいる国は、今のままがいいのか、核兵器廃絶がいいのかを米国に伝えてほしい。皆さんは日本政府を動かし、核のない世界を目指すオバマ政権をサポートしてほしい。

田城 確かに、核兵器をなくすために何をすべきか、被爆地に寄せられる期待を行動に移すべきだ。NPT再検討会議まで半年もないが、その間に声を高めて鳩山内閣にしっかりとした政策をとらせなければならない。まず「核の傘」から抜け出すことだ。


朝鮮半島

水本 「核の傘」は韓国にも差し掛けられています。その朝鮮半島の非核化や北朝鮮の核問題についての考えを聞かせてください。

 朝鮮戦争の終結協定を韓国は結んでいない。2007年10月の南北首脳宣言に、朝鮮戦争の正式な終結宣言を出す必要があると盛り込まれた。こうした動きは北の核廃棄を引き出すのに役立つだろう。診断と処方をしっかりやれば、効果はすぐに出るはずだ。

 拉致問題など人権問題は解決すべきだが、今のように核問題と合わせてのアプローチでは、NPTの強化もできないし、核なき世界もつくれないのではないか。

美根 北朝鮮が6カ国協議に復帰するかどうか。これまで北朝鮮は2回の核実験をし、テポドンも発射した。6カ国協議があまり役に立っていないことを直視すべきだ。米国が状況によっては北朝鮮を核攻撃するという政策を変えない限り、北朝鮮は体制についての安全保障が得られず、問題は解決しないだろう。


専門家たちの意見交換に耳を傾ける来場者

 広島を訪れ、核兵器廃絶に対する市民の心からの願いを実感した。朝鮮半島非核化については、日朝国交正常化への一歩が必要。北朝鮮に対し真摯(しんし)に進める姿勢を見せれば、相手も誠実に対応してくれる。核兵器廃絶へ進むオバマ大統領を支えることにもなる。

美根 日本国内では拉致問題が国民的関心事であり、政府は「圧力と対話」で迫ると言ってきた。私はこの方法はよくないと考える。建設的とは思えない。

 日中国交正常化の時は事実上の往来も盛んだったし、日本外交も事前準備をしっかりしていた。北朝鮮との国交正常化も、事前の準備がどこまでできるかではないか。

田城 北朝鮮の核武装を許すと、世界から核兵器をなくすことができなくなる。米国がカギを握っているが、日本がどんなリーダーシップを取るかも重要だ。被爆国が北東アジアの非核化にいい意味の影響を与え、世界規模での廃絶へつないでいく。そこで大切なのは市民の行動だ。


オバマ氏招く活動発表 広島の高校生2人

 核兵器廃絶を目指す「中高生ノーニュークネットワーク広島」の高校生2人が、オバマ米大統領を広島に招く取り組みを発表した。

 広島学院高2年の金森雄司君(17)=写真左=と修道高1年岡田悠輝君(16)=同右。「核兵器廃絶を願う広島市民の思いをオバマ大統領に肌で感じてほしい」と活動の目的を説明し、大統領に届ける折り鶴づくりへの協力を呼び掛けた。

 長崎の高校生と一緒に共同平和宣言を書き上げたことも報告。「被爆地の中高生同士が協力し、世界に向けてメッセージを発信していきたい」と、次世代を担う決意をきっぱりと語った。


「ひろしま国」の取り組み紹介

 シンポジウム会場には、中国新聞の連載「ひろしま国 10代がつくる平和新聞」の紙面とジュニアライターを紹介するコーナーを設けた=写真。


 2007年1月29日付の創刊号、2007、08両年の8月6日にジュニアライターが平和記念公園(広島市中区)で取材した特集などパネル21枚を展示した。

 シンポ終了後に見入った詩人のアーサー・ビナードさんは「疑問を持って取材することは中高生にとって大切だ。大人を動かすきっかけになるかもしれない」と感心していた。

(2009年12月9日朝刊掲載)

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