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社説・コラム

ヒロシマと世界:軍持たぬ国の訴え 核廃絶へ先導的役割担う

■カルロス・バルガス氏  国際反核法律家協会副会長(コスタリカ)

バルガス氏 プロフィル
1950年11月、コスタリカの首都サンホセ生まれ。1982年コスタリカ大学で法学博士号取得。1986年から2009年まで、同大教授(国際法)。ニューヨークを拠点とする国際反核法律家協会副会長、スイス・ジュネーブにある国際平和ビューローの国際法コンサルタントも務める。1997年に、コスタリカとマレーシアが国連総会議長に共同提出した「モデル核兵器禁止条約」の起草者の一人。オランダ・ハーグにある国際司法裁判所(ICJ)への出廷など、弁護士として国内外で長年活躍している。


軍持たぬ国の訴え 核廃絶へ先導的役割担う
 

 2007年7月16日、広島の原爆資料館メモリアルホールで開かれた「広島・長崎への原爆投下を裁く国際民衆法廷」で一つの判決が下された。戦争や紛争のない平和な世界の構築に貢献しようとする広島と長崎の市民たちの手による法廷である。私を含む3人の国際判事が出した判決は、さまざまな事実と、両都市への原爆投下に適用される国際法に厳密にのっとったものだった。

 「広島と長崎に核兵器を使用したことは、武力紛争に適用される国際人道法の原則および規定に照らして違法である。すなわち両都市への原爆投下は、民間人を攻撃対象としており、民間人と軍事目標を区別できない核兵器を使用し、その結果生き残った民間人たちに不必要な苦痛をもたらした」

 この法廷の訴訟手続き中、米国立公文書館所蔵の64点の公文書を精査したことで、私は広島の原爆や被爆者の苦しみについて非常に多くのことを学んだ。これらの公文書は2006年まで機密文書だったものである。被爆者や医師、放射線専門家、国際法や歴史学の教授、弁護士、原爆について執筆した作家らの多くの文献や、原爆資料館にある数々の出版物にも目を通した。

 証拠としてのこれらの文献は、原爆投下の違法性と、さく裂した爆弾により傷つけられた人々の死、苦悩、痛み、衝撃を明示していた。明らかに、65年前に起こった広島への原爆投下は世界を一変させ、核兵器の持つ計り知れない破壊力を見せつけたのである。

 1987年、私は日本政府の招きで広島を初めて訪れた。当時、私はコスタリカ外務省の法務部長だった。生まれて初めて、1945年8月6日の原爆投下が引き起こした恐怖を目の当たりにした私は、そのとき被爆者の痛みを理解し始めた。その後もコスタリカや核軍縮について講演するため日本を何度も訪問。多くの被爆者と友人になり、彼らの理念を私自身のものとして支持してきたのである。

 私の場合、原爆投下が引き起こした悲しみや被爆者の苦しみに触れることで、平和への希求や軍隊の廃止、戦争の根絶、核軍縮、人権の擁護、環境保全、民主主義とのその価値観を積極的に推進するという、コスタリカの伝統的価値観をより大切に思うようになった。

 被爆者と同じように、私は核兵器廃絶を支持することにより、変化をもたらす必要があると確信している。私たちは誰もが核軍縮を推進するために、自分に与えられた役割を果たす責任と義務がある。

 コスタリカの他の多くの学生たちと共に、私も高校時代に変化をもたらすことを学んだ。すなわち昔から伝わる哲学には、人権、平和教育、民主主義、環境保全、持続可能な発展、すべての人々への平等な機会など、それぞれに重要なつながりあると理解したことであった。そして、基本的にその哲学は、軍隊の廃止や戦争の根絶、核兵器廃絶の根底にある原則ともつながっているのだ。

 平和をつくり出すには、これらすべての要素が関連しているのだということを学んだ。私の理解では、平和とは単に戦争を拒否することでも、戦争のない状態でも、軍隊の廃止でもない。平和が存在するためには、人権擁護や環境保全、民主主義への参加、教育、持続可能な発展、すべての人々が生活を享受し、経済的・精神的・創造的発展をとげるため平等な機会を与えられることなど、多くの価値観が統合されなければならない。これらの原則を達成できたとき、平和が現実のものとなる。

 1949年、コスタリカ社会でこれらの価値観に新たな息吹が吹き込まれ、その結果、同年に発効した憲法により軍隊が全廃され、後に核兵器も拒否されることになった。戦争放棄と軍隊の廃止を達成し、その状態を持続させるためには、先に述べたような平和に関する全体的なビジョンを構成する多くの価値観を統合しなければならないのである。

 コスタリカは世界で初めて、国民の自由意志により軍隊の廃止を選択した国である。同様に、コスタリカの軍縮や核廃絶に関する政策は、ほとんどの国々が劇的に軍事費を増加してきた地域にありながら、ほぼ61年にわたり変わっていない。

 61年前に軍隊を廃止したことにより、コスタリカは独自の視点を持つに至った。そうすることで政府や国民は、地域と世界で平和推進や軍隊廃止、核兵器廃絶や人権擁護の先頭に立つ力を与えられた。また、コスタリカが国家主権を維持するためには、常に非軍事的な手段を用いることが必要とされてきた。

 今日、軍隊を持たず、核兵器を拒否するコスタリカは、国際法に依拠し、国際紛争の平和的解決や、すべての国との協力と友好関係の推進、そして核廃絶を追求している。

 わが国が国家として平和的に存続し、私たち市民社会が軍事行動や核抑止力に依存せず、国際法に基づいて平和的共存や紛争の平和的解決のために影響力を及ぼす。そのことを実証することで、世界の模範たり得ると私は信じている。

 わが国の伝統的価値観に従い、1997年、コスタリカはマレーシアとともに、核兵器廃絶のために草案された国際条約である「モデル核兵器禁止条約」を国連総会議長に提出した。この法的文書を準備した起草者およびコンサルタントグループのメンバーとして、私はこの条約が核兵器のない世界を達成し、維持していくために必要な法的、技術的、政治的要素を満たすものであると確信している。モデル核兵器禁止条約は、「核軍縮へと導く交渉を締結させることを誠実に追求する義務が存在する」という、1996年に国際司法裁判所(ICJ)が裁定した勧告的意見に沿ったものである。

 この共通するビジョンが、モデル核兵器禁止条約の持つ価値を高め、潘基文(バン・キムン)国連事務総長が核軍縮に向けての5項目の提案の中で言及したように、この条約の迅速な締結を目指すことが、私に力を与えてくれている。

 モデル核兵器禁止条約はコスタリカにより、2007年、オーストリアのウィーンで開催された核拡散防止条約(NPT)再検討会議準備委員会に、また、その年と2008年には国連総会に提出された。私の属する国際反核法律家協会(IALANA)や他の組織の支持を受け、このモデル条約は世界中のさまざまな会合や会議の場で推進されている。

 5月に開かれるNPT再検討会議の期間中、市民社会のメンバーである私たち、非政府組織(NGO)、各国政府が積極的に参加し、モデル核兵器禁止条約を推進するために、それぞれの役割を果たす責任と義務を負っている。この条約は、すべての核保有国が核軍縮を達成するため無条件でその義務を受け入れた、2000年の再検討会議で決議された「核廃絶への明確な約束」に合致するものである。

 この条約は、必ずしも特定の政治団体、宗教的信条、グループに属するものではない。平和な世界に生きるという共通のビジョンを持つことのみが必要とされている。なぜなら、紛争は暴力に訴えることなく、平和的な方法で交渉し、解決が可能だと私たちは信じるからである。

 私は、信念を持ち、市民社会と政府の力が結合され、影響力を発揮できるならば、近い将来、核兵器のない世界が実現できると確信している。

 私たちはいかなる夢を実現するにも、一人一人が小さな、そして大きな努力をする必要があることに気付かねばならない。信念があれば、実現できる。

 キリスト教徒として、私は最後に聖書から次の言葉を引用したい。「信念があれば、望んでいることを確信でき、目に見えないものを確かだと感じることができる」(ヘブル人への手紙:11-1)

 確固とした意志をもって問題に取り組み、核兵器のない世界に生きるという平和のビジョンを国内外で推進するために、共に力を合わせて働こう。

(2010年4月26日朝刊掲載)

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