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社説・コラム

社説 ’12衆院選 被災地と第一声 復興の道筋もっと語れ

 東日本大震災の被災地から政治に向けられる冷ややかな視線を、候補者たちはどれほど深刻に受け止めているのだろう。

 衆院選公示のきのう、党首たちは競うように「復興」を口にした。与党の民主党や政権奪回を図る自民党など4党は、原発事故に苦しむ福島県をあえて第一声の場所に選んだ。

 だがそれぞれの主張を聞く限り、被災地の再生は消費増税や環太平洋連携協定(TPP)などに隠れて争点としては置き去りになった印象も拭えない。

 原発にしても今後のエネルギー政策に限られ、福島の住民が直面する問題は、ほとんど語られていないのが現状だろう。

 福島で16万人、震災全体では32万人が自宅を追われたままだ。避難先によっては候補者の情報すら満足に届かない。

 そうした状況を考えても、被災者の生活再建は最優先に取り組むべき課題のはずだ。「復興」は掛け声であってはならない。各党は具体的な道筋を、選挙戦で論じ合うべきである。

 2度目の冬を迎えた被災地の現実は、あまりにも厳しい。

 そもそも政府の収束宣言にもかかわらず、福島第1原発からの放射性物質の漏出は決して予断を許さない状況が続く。

古里に「帰れぬ」

 帰還の一歩となる原発周辺の除染も思うように進まず、住民は健康への不安を抱く。

 妻が子と避難し、夫が残るなど分断された家族も多い。にもかかわらず生活の支えとなる東京電力の土地・建物への賠償は申請手続きも始まっていない。

 大津波に見舞われた宮城県や岩手県などの沿岸部はどうか。道路などのインフラ復旧がある程度進んできたのは確かだ。だが高台などへの集団移転はごく一部で緒についたばかり。三陸の基幹産業である水産業も復旧が遅れ、被災農地の作付け再開も3分の1ほどにとどまる。

 将来への不安が一向に拭えないからだろう。被災地に共通するのは「古里に帰れない」と考える人たちの増加だ。自治体や医療現場などでマンパワーの不足も指摘される。このままいけば地域は再生どころか、崩壊のふちに追い込まれかねない。

 こうした状況に手をこまねいてきた政府や国会の責任は重い。ねじれ国会における与野党の不毛の対立は、明らかに復興の足取りを重くしてきた。

まさに本末転倒

 被災者をおろそかにする政治を象徴するのが、復興予算の「流用」にほかなるまい。

 復興増税などを財源に本年度までに計上されたのは18兆円。民主党、自民党、公明党の協議の末、被災地以外にも使えることになった。それをいいことに各省庁がシロアリのように食いつき、東北以外の税務署の改修など、どう考えても関係の薄い事業にも予算を回していた。

 一方で、被災地が求める中小企業支援などの財源は足りない。まさに本末転倒である。

 流用を許した与野党が反省するのは当たり前だが、それだけでは済むまい。各省庁に歯止めをかけられない復興庁の機能をどう強化するか。停滞する復興事業も現地のニーズに合わせて仕切り直さなくてはならない。

 大震災は地域社会のありようも問う。リスクを過疎地が背負う原発立地の問題だけではない。少子高齢化、医療崩壊、平成の大合併による効率化…。大災害に対応できない地域力の低下が「縮図」として浮き彫りになった。そんな見方もできる。

絆を取り戻そう

 「30年かけてゆるやかに起こるはずだった変化が一気に目前の出来事となった」とは政府の復興構想会議に加わった民俗学者赤坂憲雄氏の指摘だ。被災地の再生を考えることは日本の将来にもつながってくる。

 日本列島は地震活動期に入ったとされ、南海トラフ巨大地震も懸念される。とりわけ防災対策が問われるのは当然だろう。とはいえ、それは昔のように国土をコンクリートで固めることばかりではないはずだ。人々の絆を取り戻し、万一に備える意識をどう育むか。災害に強い地域をどう築くか。3・11の教訓はいまだ生かされていない。

(2012年12月5日朝刊掲載)

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