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社説・コラム

社説 被爆者動態調査 「70年」へ仕切り直しを

 被爆した人を1人ずつ確認し、どこで原爆に遭ったか、いつ亡くなったかを分析していく。広島市が被爆者動態調査の新たな報告書を公表した。1979年度に始まって以来、これで第7期となる。

 広島被爆者の総数は、前期の調査よりも約1万5千人多く把握できた。その点は前進といえるが、人的被害の直接的な目安とされる「45年末までの死者」は961人減った。重複が判明したからである。

 このところ、調査の新しい材料に乏しかったのは確かだ。7期分の取りまとめに14年を要したこと自体、手詰まり感の象徴だろう。しかし、この段階で諦めるのは許されまい。

 調査の持つ意義を肝に銘じたうえで、仕切り直しの方策を考えていきたい。

 忘れてならないのは、数ではなく個々の名前で把握する重みだ。積み上げる分だけ、原爆に狂わされた人生が浮き彫りになる。動態調査のデータで、45年末までの犠牲者数が重視されてきたのはこのためだろう。

 14万人プラスマイナス1万人というのが、市の公式推計である。これに対し、今回の調査結果は8万8978人。市は3年前から広島大原爆放射線医科学研究所と連携し、被爆者健康手帳の申請書などを調べ直したが「空白」は埋まらない。

 以前は調査が一定に前進したこともある。95年の被爆者援護法施行では特別葬祭給付金を多くの遺族が申請し、死没者の掘り起こしにつながった。しかし最近はこうした動きもない。

 調査は限界との見方もあるが、一人でも多く突き止める努力を地道に続けるのは当然だ。

 かねて調査漏れの要素も指摘される。例えば一家全滅の場合。さらに広島で被爆した後に朝鮮半島に戻った人や、全国に復員した元軍人らがそうだ。

 広島市は調査を継続する構えを示す。ならばこうした懸案をどうするかも検討してほしい。

 例えば軍人については厚生労働省が恩給などのため蓄積してきた個人情報を、もっと生かせないものか。そのためにも国の積極的な関与は欠かせまい。

 原爆被害調査に空白があること自体、国に責任があるはずだ。10年に1回の被爆者実態調査には取り組むが、死没者の解明は熱心とも思えない。被爆者援護は社会保障とし、犠牲者も含む国家補償に一貫して後ろ向きな姿勢と関係していよう。

 そもそも市の動態調査は国や自治体、広島大などの各種調査を統合して始まった経緯がある。被爆70年が近づく今、連携を強めて被爆国全体で被害の全体像を明らかにすべきだ。

 かつて被爆地から声が上がった「原爆被災白書」づくりに再びつなげていく発想もこの際、必要ではないだろうか。

 そのためにも、せっかくの調査結果をもっと活用したい。概要は冊子にまとめられたが、専門的な中身を読みこなせる人がどれほどいよう。

 爆心地をはじめ地区別の人的被害を詳しく分析すればきめ細かな平和学習に役立つかもしれない。被爆5年以内の死没者の動向は、放射線の初期影響の解明につながるとの期待もある。

 核兵器の脅威を物語る、世界的にも貴重なデータ。それを被爆地が手にしていることを、あらためて頭に置きたい。

(2013年3月31日朝刊掲載)

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