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社説・コラム

社説 武器貿易条約 実効性をどう高めるか

 歴史的な一歩を刻んだのは確かである。通常兵器の国際取引を一定に規制する武器貿易条約が、国連総会で採択された。

 世界中の武器の犠牲者は毎年50万人とされる。地域紛争や内戦だけでなく強権国家の弾圧も含まれる。核兵器や生物・化学兵器の拡散防止に加え、無辜(むこ)の市民の命を奪う日常的な行為に歯止めをかける枠組みができた意味は大きい。

 条約をどう生かすかは、国際社会の重い責務となろう。

 条約でいう武器は幅広い。小型武器から戦車、ミサイル、戦闘機、軍艦まで対象となる。市民を狙う攻撃や虐殺、国際法で定める「人道に対する罪」に用いられる場合、輸出入や仲介を禁じる義務を各国に課す。

 いわゆる「死の商人」が野放しとなり、兵器の闇市場まで幅を利かせてきた状況からすれば大きな前進だろう。

 もとより限界も指摘される。部品や弾薬は規制が緩い。国家間の軍事協力なら手出しが難しい。しかし何より不安が拭えないのは条約の実効性が、どこまで高められるかだ。

 日本や英国など有志国の主導で条約交渉が始まったのは2006年である。当初から各国の温度差は明らかだった。

 武器流入が深刻な中南米やアフリカ諸国は熱心だが、武器輸出国などは慎重姿勢を崩さない。全ての国の合意を図った条約交渉は決裂してしまった。

 結果的には多数決が通用する国連総会で提案国が押し切った格好だ。150カ国を超す賛成を考えれば、発効に必要な50カ国の批准は早期に可能だろう。だが最後まで埋まらなかった溝がネックとなる恐れがある。

 総会で棄権に回ったロシア、中国などは条約に協力しないと宣言したに等しい。粘り強く批准を働き掛ける必要があろう。

 とりわけ急速に武器輸出額を伸ばす中国の動きは見過ごせない。外貨獲得の目的にとどまらず、人権抑圧の恐れがある途上国と関係を強化する手段に使っているふしもあるからだ。

 賛成に回った最大輸出国の米国も内情はおぼつかない。圧力団体の全米ライフル協会などが条約に強く反対している。ずるずる批准を見送るようなら、規制の機運もしぼみかねない。

 アフリカや中東では「アラブの春」以降、市民を巻き込む流血の事態が続く。条約発効を待たずとも国際社会は武器取引をもっと自制すべきではないか。

 焦点がシリア内戦だろう。アサド大統領を支持するロシアは積極的に武器売却を続ける。これに対し、トルコなどは反政府側への提供を拡大し、そこには米国の関与も伝えられる。

 そもそも人道的見地に立てば、どの国も武器供与には常に慎重であるべきだ。だが先進国の兵器産業には、新条約で市場の透明化が図られるなら商機が広がるとの期待もある。違和感を抱かざるを得ない。

 条約の旗を振った日本の立場も問われる。経済界の要請もあって、武器輸出三原則をなし崩し的に緩めつつあるからだ。防衛産業の海外展開を成長につなげる狙いは明らかだろう。

 対人地雷やクラスター弾の禁止条約と同様、武器貿易条約も「命を救え」という国際非政府組織(NGO)の運動に始まった。その原点に、いまの日本政府の姿勢がそぐうだろうか。

(2013年4月4日朝刊掲載)

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