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社説・コラム

『潮流』 3分の2、そして過半数

■報道部長 高本孝

 防衛省の構内にある市ケ谷記念館を訪れる機会があった。旧陸軍士官学校本部。大本営陸軍部なども置かれ、終戦後には大講堂が極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷となった。

 1970年、三島由紀夫が乗り込み自衛隊員に決起を訴えたバルコニーや、自死を遂げた部屋も残る。日本の軍国主義を断罪した東京裁判の舞台となった建物で、平和憲法への激烈な抗議行動を取った。そんな三島の「本懐」は現実味を帯びているのかもしれない。

 3分の2以上―。この夏の参院選のキーワードと思っている。憲法改正の発議に必要な衆参両院の議員の割合で96条が定める。国会が発議すれば国民投票となり、次は過半数が要件だ。

 安倍晋三首相はもとより熱心な改憲論者。昨年の総選挙での自民党大勝を受け、衆院は既に3分の2以上の改憲勢力を抱える。日本維新の会は、96条の改正を目指し参院選に臨む方針を打ち出した。

 同僚が8年前に編んだ宮沢喜一元首相の聞き書き「ハト派の伝言」にこんな言葉が刻まれる。「国民が『ここを変えないと困る』といった具合に、改憲を積極的に求めているとは思えない」。宮沢氏の指摘は、改正のハードルを下げる議論が先行する今に通じる。

 衆院選の「1票の格差」訴訟で広島高裁が初めて出した「選挙無効」の判断。原告の金尾哲也弁護士は「なめるな」という司法の意思と評した。違憲判決を無視し続けた立法府は憲法をなめていた、とも言い換えられる。

 国の背骨を成す憲法を変えるなら、どこをどう変えるのか。徹底した議論が求められる。立法府が憲法に払う最低限の敬意だろう。

 「いつやるの? 今でしょ」は、はやりの予備校のCM。刀を振りかざす三島の行動はともかく、議席に頼んで「いつ変えるの? 今でしょ」では軽すぎる。

(2013年4月4日朝刊掲載)

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