×

社説・コラム

検証 松井広島市政2年

「迎える平和」 堅実施策

積極発信求める声も

   広島市の松井一実市長(60)は10日で、就任3年目に入った。3期に及んだ秋葉忠利前市長からの路線転換は、市政運営にどのような変化をもたらしたのか。任期折り返しを機に、平和行政の面でのリーダーとしての「発想力」の視点から松井市政を検証する。

 今、核を持たない国々で核兵器の非人道性に焦点を当て、非合法化を目指す動きが活発化する。だが、核兵器廃絶を掲げる一方、米国の「核の傘」に頼る被爆国日本の政府はその動きに消極的だ。

言葉選び国に注文

 「政府の取り組みが十分でない、との評価もある。核兵器廃絶を願う多くの人の思いを受け止め、今後の対応を考えてほしい」

 松井一実市長は10日の記者会見で、言葉を選びながら政府に注文を付けた。

 市長就任前は35年間、厚生労働官僚。国の政策を論じる時は慎重な物言いが目立つ。「外交は外務省の専権事項。批判するよりは連携し、広島の思いを政策に反映させたい」と繰り返してきた。

 「国がやらないなら都市が進める」と海外出張を重ね、自ら訴える「自治体外交」を繰り広げた秋葉忠利前市長とは一線を画す。基本姿勢は「迎える平和」。広島に人を呼び込み、核兵器廃絶の思いを広げたい―との考え方だ。

 自身が被爆2世であることにはめったに触れない。「特定の人だけでなく、幅広い市民が被爆者の思いを共有してほしい」と説明する。

 就任後、被爆体験を次世代に継承する「伝承者」の育成を始めた。加盟都市が5500を超えた平和市長会議の組織強化にも力を注ぐ。名前を連ねているだけの都市に自発的な活動を促し、会費を徴収する方針も打ち出した。

原発の是非触れず

 実務家のイメージが浸透する一方、被爆地の市長としての発想力や発信力に不満を訴える声も目立ち始めた。

 就任後、2度の平和記念式典に臨んだ松井市長。福島第1原発事故を受け、平和宣言にどんなメッセージを盛り込むか注目されたが、いずれも原発の是非には踏み込まなかった。エネルギー政策はやはり「国の責任で選ぶべきだ」とする。

 「核に脅かされない社会になるのを見たいが、私たちに残された時間は少ない」と広島県被団協の坪井直理事長(87)は焦りを口にする。「広島市長の声なら世界が耳を傾けてくれる。政府に強く働き掛ける行動力やひらめきを併せ持ってほしい」

 松井市長は1日、平和行政の推進体制を刷新した。原爆資料館を運営する広島平和文化センター理事長に、外務省出身で国際原子力機関(IAEA)事務局長特別補佐官などを務めた小溝泰義氏を充てた。

 3月の市議会定例会では「核兵器廃絶をめぐる外務省と広島の考え方は違う」と起用を疑問視する質問も出た。松井市長は「国とは握手しながら、その手を離さず交渉していく方がいい」と言い切った。

 秋葉市政時代に平和市長会議が打ち出し、松井市長が継承した「2020ビジョン」。目標とする2020年までの核兵器廃絶へ残された時間は8年しかない。日本政府や国際社会に被爆地の訴えを響かせ、廃絶への動きを後押しできるのか。リーダーの胆力が試される。(田中美千子)

2020ビジョン(核兵器廃絶のための緊急行動)
 2020年までの核兵器廃絶を目指し、平和市長会議が提唱する緊急行動キャンペーン。03年10月に英国であった理事会で打ち出した。全ての核兵器の実戦配備の即時解除、15年までの核兵器禁止条約締結など、4段階の行動指針を掲げる。平和市長会議には1日現在、世界5587都市が加盟する。

(2013年4月11日朝刊掲載)

年別アーカイブ