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社説・コラム

天風録 「最大の殺人」

 ミステリーの作家は「書く」より先に「読む」ことを求められる。せっかくひねり出したトリックに前例があっては盗作とみなされかねない。先ごろ亡くなった重鎮の佐野洋さんも例に漏れず、多読の人だった▲月刊誌で毎号、読者を喜ばせてきた批評コラム「推理日記」はそのたまものだろう。足かけ40年にわたり一度として休まなかった。たたき上げの眼力はつじつまの合わない場面など見逃さない。作家仲間からも一目置かれ、長年の労苦は菊池寛賞に輝く▲ミステリーの神髄は「合理的かどうか」と見定めていた節がある。昭和一桁生まれ。道理が引っ込み、乱暴な精神主義が幅を利かせた戦時中への反感は筋金入りだった。流されず自ら考える習慣付けを読書にも託していたのだろうか▲戦争や原爆がテーマの小説ばかりで編んだ一冊に「最大の殺人」と題した。硬骨ぶりがうかがえる。ぬれぎぬを権力が押し付けた冤罪(えんざい)事件を憎み、晴らす支援活動もやはり40年を数えていた▲右に左に歴史の振り子が大きくかしいだ昭和時代。生き抜いて平和日本の「重し」となってきた人がまた一人、姿を消した。地獄の釜のふたが開きはしないか、何やら気になる。

(2013年4月30日朝刊掲載)

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