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社説・コラム

今を読む 「ご飯とみそ汁」復権

和食の効果 見直される時

 みそは1300年もの歴史を持つ日本の伝統的な調味料である。私は長年の研究によって、みその持つさまざまな効能を明らかにしてきた。戦後、日本人の食生活が急激に欧米化し、欧米型の生活習慣病が増えてしまった今、「ご飯とみそ汁」の生活へ急ぎ戻すべきだと考える。

 近年、塩分の取り過ぎが胃がんや高血圧などの要因とされ、日本人には減塩が必要だと言われている。日本人は1日平均11・4グラムの塩分を摂取し、うち約30%はみそとしょうゆから。「みそは悪者」と考えられがちである。

 しかし、私たちがラットを使って実験した結果、食塩を食べさせると血圧は上がるのに、同じ量の塩分を含む、みそをラットに食べさせても血圧は上がらなかった。みその中の塩分は発酵の過程で何らかの物質と結合して変化し、純粋な食塩とは異なるためだと私は考えている。

 また、みそには放射線から体を守る効果があることも、私たちはマウスを使った実験で明らかにした。被爆直後の長崎で、みそ汁を飲んでいた人々の間では急性症状が認められなかったという証言とも符合する結果である。

 さらに、みそが胃がんや大腸がん、糖尿病、脳卒中、肥満などを抑制することが、多数の人々を対象にした疫学調査や動物実験で明らかにされ、美肌効果や疲労回復効果も報告されている。消費量日本一の長野県が、長寿日本一になったのは象徴的である。

 「ご飯とみそ汁」を中心とした日本人の食生活は戦後、パンや肉へと急激に変わった。その背景に米国の「小麦侵略」があったことを、あらためて痛感した。かつてNHKでこの問題を特集した高嶋光雪氏の著書「アメリカ小麦戦略」などを見つけて読んだからである。

 同書によると1955年、米国は余剰の小麦を売り込むため、日本と余剰農産物購入協定を締結。翌年から日本国内にキッチンカーを走らせ、肉と油の食生活運動を展開した。「コメを食べているから日本人の体格は悪いのだ」「コメを食べるとばかになる」とまで宣伝したのだ。

 この運動は日本人の食生活を一変させた。昭和初期と比較すると、83年の日本人の肉類や鶏卵の消費量は約6倍、乳製品は約23倍、油脂類は約20倍に増加した。これほど急激に食生活が変化したことは世界的に見ても例がない。

 やがて日本では不幸なことが起きた。1950年代、日本人に多かったがんは男性が胃がん、女性が胃がんと子宮がんだった。それが75年ごろから大腸がんや前立腺がん、乳がんなど西欧人に多いがんが増えてきたのである。

 米国では77年、有名なマクガバン報告が出され、がんや糖尿病などは食生活に起因すると指摘。食べ過ぎないことと、動物脂肪や砂糖などの摂取量を減らすよう提言した。その結果、米国人の肉の消費量が減り、がんも減少に転じたのである。

 一方、日本ではコメの消費量が減り続け、一方で減反政策が継続される中、食料自給率は低下してしまった。この原稿を書いているさなか、減反政策は5年後に廃止と決まったものの、「ご飯とみそ汁」の食生活は既に忘れ去られようとしている。

 だが今、日本型の食生活を取り戻せば、コメの消費量を押し上げて農業を活性化させるだろう。生活習慣病の予防にもつながり、医療費は抑制されるはずである。

 学校保健学の専門家、島田彰夫氏の「伝統食の復権」も興味深い。明治のころ肉料理を食べた車夫とおにぎりを食べた車夫の持続力を比べた結果、肉料理を食べた車夫の方が先にダウンしたという。

 今、日本型の食の復権を唱える見解は次々に出されている。折しも和食はユネスコの世界無形文化遺産に推薦された。減塩運動が全く無意味だとは言わないが、学校給食を和食にするなど、国挙げて「ご飯とみそ汁」の生活に戻すのが緊急の課題だと私は思っている。

広島大名誉教授・渡辺敦光
 40年福岡県生まれ。九州大大学院理学研究科博士課程単位取得後退学。広島大原爆放射能医学研究所(現原爆放射線医科学研究所)助教授、教授などを経て04年退官した。専門は実験病理学、放射線生物学。

(2013年12月3日朝刊掲載)

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