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社説・コラム

天風録 「もう一つの避難」

 時が止まった光景を目の当たりにした。原発から数キロ、福島県双葉町に足を踏み入れた。倒壊した民家。無人の街をうろつくイノシシ。田んぼは雑草に占拠される。「帰還困難区域」の厳しさを肌で感じた▲案内してくれたのは町教委の吉野高光さん。ネズミの被害も心配という歴史民俗資料館で、この地の来し方を聞いた。鮮やかな装飾古墳に美田を誇った大地…。寒々しい現実との落差に胸が詰まる▲古里の誇りは残したい、と本格化したのが文化財レスキュー。各地の学芸員仲間の力を借り、膨大な古文書や化石などの放射線量を一つずつ測って疎開先へと運び出す。道のりは遠いが大切な営みだ▲一方で、町の歴史を揺るがす決断も迫られる。除染廃棄物の中間貯蔵施設のため一定の町域を国有化する構想が浮上し、地元への要請が近いようだ。代々の土地を失う人たちの気持ちにどう寄り添うか▲あの日から2年9カ月。「いいのか/なかったことに/されちまうぞ」。福島の詩人和合亮一さんは風化を憂う。救出した双葉町の文化財はいずれ一つにまとめ、離れ離れの住民の絆に生かしたいという。誇りある歴史は、決してなかったことにはならない。

(2013年12月12日朝刊掲載)

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