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社説・コラム

社説 原爆症新基準 救済への課題なお残る

 厚生労働省が原爆症認定の新たな基準をまとめ、申請審査を担当する分科会できのう了承された。「積極認定」の対象なのに、がん以外の病気だとほとんどの申請が却下されている問題が焦点の一つだった。

 新しい基準は心筋梗塞、甲状腺機能低下症と慢性肝炎・肝硬変について、被爆との因果関係を意味する「放射線起因性」を条件とする文言を削除した。

 被爆者はさまざまな病気にかかりやすいことが分かっている。だが個々人の病気が放射線によるかどうか特定することは困難だ。科学の限界はときに不当なハードルにもなる。

 その意味で、前進といえるのかもしれないが、ことは単純ではない。約2キロ以内で被爆、などの制約が付くからである。

 「爆心地から約3・5キロ」とする現行の基準より一見厳しいが、積極認定するので救済される人は増えると厚労省はみる。分かりにくい話だ。切り捨てられる被爆者が生まれることに変わりはない。納得できず裁判に持ち込まれるケースは今後も相次ぐと予想される。

 今回を最終決定とせず、さらなる被爆者救済を検討する一歩とすべきである。高齢化が進む被爆者に、これ以上の訴訟は酷である。対応は急を要する。

 かつて原爆症の認定率は1%未満にとどまり、門戸はほぼ閉ざされていた。転機は日本被団協の主導で2003年に始まった原爆症認定集団訴訟である。相次ぐ原告勝訴に促され、厚労省は認定基準を緩和した。

 それでも認定から漏れた被爆者の勝訴が続いたため10年12月、日本被団協の代表も含めた有識者の検討会が設置された。

 「放射線起因性」という条件を完全になくした上で認定制度を抜本的に変えるよう求める日本被団協側と、ほかの専門家との間の議論がかみ合わないまま、最終報告書が今月まとめられた。両論併記ではあるが、認定範囲の緩和や拡大には否定的な内容だった。

 この報告書を基に策定され、きのう決まったのが新たな審査の基準である。条件付きでも心筋梗塞などの認定に「放射線起因性」を問わないことにしたのは、自民党の議員連盟が厚労省に働き掛けた結果だろう。

 それでも線引きは残る。日本被団協はきのう「司法判断に対する厚労省の挑戦だ」と強く反発した。

 認定基準を小出しに改めるばかりでは、司法判断との溝が埋まるとは思えない。

 長期間にわたる低線量被曝(ひばく)の深刻さも、「未解明」と片づけず直視すべきだという声が高まっている。原爆症をめぐる判決の多くもこの見地に立つ。爆心地からの距離と、原爆がさく裂した瞬間の被曝線量をもっぱら重視してきた現行制度は、そういった面からも限界があるといえよう。

 思い起こしたいのは、当時の菅直人首相が3年前に検討会の設置を指示した経緯である。被爆者援護法の改正を含めた抜本策の検討が視野にあった。

 被爆者は健康な生活を突然奪われ、病の恐怖にさらされながら暮らしてきた。1978年の最高裁判決は、援護制度の根底に国家補償的な配慮があると指摘する。首相官邸と国会は原爆被害の実態を踏まえ、政治主導で解決を図ってほしい。

(2013年12月17日朝刊掲載)

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