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急浮上 平和五輪 <下> 「常識」への挑戦

■記者 五輪問題取材班

被爆地 訴求力に活路

 「『中東の笛』以来だな、この多さは」。日本オリンピック委員会(JOC)の市原則之専務理事は13日夕、 東京都渋谷区のJOCで、約100人の記者やカメラマンにこう漏らした。秋葉忠利広島市長の来訪を受けた後の会見の席である。

 「中東の笛」とは、一昨年のハンドボール北京五輪アジア予選をめぐる不可解な判定を指す。市原氏は東広島市出身で、日本ハンドボール協会副会長。当時の問題と、「広島、長崎による2020年夏季五輪の招致検討」への関心の高さが重なったのだ。

 「大変温かく迎えていただいた」。JOC幹部との会談を終えた秋葉市長は、笑顔を浮かべた。会談の報告を受けたJOCの竹田恒和会長は「新しい都市が五輪開催を希望することは歓迎したい」と取材に答えた。

 表向きの歓迎ムードとは裏腹に、JOCの内部には「平和五輪」の実現性を疑問視する空気が漂う。

 「東京は半径8キロ以内に大半の競技場を集約していた」―。コンパクトな開催計画が国際オリンピック委員会(IOC)の高い評価を得たという幹部の一人は、広島、長崎市を中心にした複数都市開催の構想に首をかしげる。五輪憲章は「1都市開催」を定めており、IOC内に否定的な意見もある。

 1994年の広島アジア競技大会で組織委員会理事を務めた立川哲男さん(74)は、自身の経験から「200以上の国と地域が参加する五輪は、単純に考えても当時の5倍のエネルギーがいる」と財政も含めた実務面の困難さを指摘する。

 新政権は「コメントは差し控える」(平野博文官房長官)と静観の構えだ。広島、長崎が正式に五輪招致に名乗りを上げるのは「常識的」には厳しい。

 望みがあるとすれば、被爆地がタッグを組むことの強烈なメッセージ性にある。オバマ米大統領に近いとされるルース駐日米国大使は「両市長の努力を称賛したい」とコメント。16年五輪招致に失敗した東京都の石原慎太郎知事も「意義は非常にある。平和の理念などいいアピールになる」と評価する。

 東京は、十分な財政規模ながら落選した。石原知事は、被爆地が持つ訴求力に可能性を見いだしたとみられる。東京は20年の再立候補への態度を明らかにしていない。広島、長崎の支持に回ることになれば、政府やJOCにも影響を与える。

 一方で、数々の五輪取材を手掛けたスポーツライター生島淳氏は「平和と五輪のリンクはシンプルで非常に強いメッセージだが、政治性が強すぎるとIOCに『どん引き』される可能性が高い」とみている。

 16日現在、広島市には、招致検討について全国からメールや電話、ファクスで150件近くの意見が寄せられている。市は「これほど全国から声が寄せられたことは近年ない」と驚く。

 核兵器廃絶を願う国際世論の高まりとともに急浮上した平和五輪構想はまだ、夢にすぎない。実現へと一歩を踏み出すには、五輪憲章を覆すほどの国内外の幅広い賛同と、重い財政負担への住民の覚悟が不可欠となる。

20年夏季五輪開催都市の決定スケジュール
 2010年までに日本オリンピック委員会(JOC)が、国内候補都市を決定。12年に国際オリンピック委員会(IOC)理事会で5都市を立候補都市として選出。13年に開催されるIOC総会で立候補都市がプレゼンテーションを行い、IOC委員の投票で開催都市を決定する。海外ではローマやドーハなどが開催を希望している。広島、長崎両市は来年春までに、正式に名乗りを上げるかどうかを最終判断する。

(2009年10月17日朝刊掲載)

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