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連載・特集

核兵器はなくせる 「核の傘」をたたむ日 <3>

■「核兵器はなくせる」取材班

脅威とは 協調の時代 信頼が基盤

 米国が日本に差し掛ける「核の傘」はいったい、どの国のどんな脅威から被爆国を守ろうというのだろうか。

 日本は海を挟み、核兵器を保有する中国やロシアと向き合う。さらに2度の核実験を強行した北朝鮮のミサイルが日本をまたいで太平洋に落下したこともある。

 しかし、これらの国が日本を攻撃する可能性はどれほどだろう。その恐れはゼロだと言えないまでも、私たちは脅威を誇張してとらえてきてはいないか。多国間協調の時代となった今、むしろ脅威を脅威でなくす方法を先に実行すべきではないだろうか。

 「ロシアがオバマ大統領の『核のない世界』の考えを支持できるかというと、答えはノーだ。ロシアはどんどん核兵器に頼ろうとしている」。防衛研究所が東京都内で11月18日に開いた国際シンポジウムで、モスクワ国立国際関係大教授などを務めたユーリ・フェドロフ氏が言い切った。

 隣に座っていた米国のエレーヌ・バン国防大国家戦略研究所上級研究員が司会者に促され短くコメントした。「ロシアの動向を非常に懸念しています」

 両氏の懸念には根拠がある。10月14日付のイズベスチヤ紙に載ったロシア安全保障会議のパトルシェフ書記のインタビューだ。年内にロシア政府がまとめる新たな軍事ドクトリンに「核兵器による予防攻撃を排除しない」との内容が盛り込まれると明らかにした。

 新ドクトリンは、米国に比べて核兵器への依存度が高いロシアの軍備事情が背景にあるとみられている。また、チェチェン紛争などを意識した国内向けの「政治的な威嚇」との見方もある。そんなロシアは日本にとって脅威なのだろうか。

 防衛研究所の兵頭慎治主任研究官はパトルシェフ書記の発言から、ロシアの安全保障上の関心が日本を含めて国境を共有する周辺国に向けられていること、通常戦力の劣勢を核戦力で補完しようとする姿勢を指摘。「冷戦期ほどロシアが脅威でないことは明らか。だが、この2点の変化をよく認識し、今後とも注視していく必要がある」と分析する。

 ただ、ロシアがただちに日本を攻撃するとのシナリオを描く専門家はほとんど皆無といえる状況だ。

 中国はどうだろう。経済成長とともに軍事大国への歩みを進め、その軍拡の不透明さも周囲の反感と不安を買っている。

 同じ国際シンポに出席した同済大(上海)政治・国際関係学院の夏立平学院長は「中国と日本が仮に紛争を起こすとしたら、東シナ海の領有権と台湾問題の二つが原因となる可能性がある」と指摘。同時に「しかし一方で中国は日本の最大の貿易国。紛争の可能性は小さく、むしろ環境問題など新たに連携できる分野もある」と両国は互いのパートナー関係を重視するとみる。

 「中国の核兵器予算は限定的で、早期警戒衛星もない。相手国の核使用の兆しを察知して先んじる力はない」と分析するのは、米国の民間団体「憂慮する科学者同盟(UCS)」のグレゴリー・カラキー氏。米中両国を活動拠点とする同氏は「核は心理的な兵器であり、米国から使ってくることはないと中国は踏んでいる。プレッシャーにはなっていない」と米国の「核の傘」の存在意義を否定する。

 そして核開発を続ける北朝鮮。6カ国協議に応じない姿勢を示す一方、8日に予定されている米国のボズワース特別代表の訪朝を受け入れるなど、態度は迷走している。

 実際にミサイルに搭載できるほどに核弾頭の小型化を進めていれば、その射程圏内の国家にとっては脅威となる。しかし専門家の間でも、北朝鮮に対する抑止は「通常戦力で十分」という見方が少なくない。その一人、軍事アナリストの小川和久氏は、日本が核兵器廃絶の先頭に立ち、国際的な信頼を確立することが安全保障の基盤だと説く。


日本に敵はいるのか

軍事アナリスト 小川和久氏に聞く

 日本にとって北朝鮮や中国、ロシアは脅威なのか。軍事アナリストの小川和久氏に聞いた。

北朝鮮の核 外交カード

 3年ほど前、日本政府に求められ、「北朝鮮が10発ほど核兵器を保有している可能性がある」と報告した。しかし日本への脅威度は高くない。日米同盟で十分に抑止できている。

 核開発はそれなりに「外交カード」として機能し、弾道ミサイル技術はイランなどに輸出して収入源になっている。しかし、核実験やミサイル発射は米国との2国間交渉を求めるアピールでしかない。北朝鮮の最終目標は「金王朝」体制の維持であり、日本を攻撃すれば米国の反撃で国家が消滅すると自覚している。

 懸念されるのは、何らかの要因で体制が崩壊し、混乱の中で弾道ミサイルが発射されるような事態だ。韓国と北朝鮮は、ドイツとは違い、同じ民族同士の戦争を経験した。報復の応酬で内戦状態になる可能性もある。中国にも大勢の難民が押し寄せるだろう。だからこそ中国は現体制を崩壊させないよう、6カ国協議の議長役を買って出ているのだ。

中国民主化 支援も有効

 中国の軍事費は21年連続で2けた伸びたとはいえ、同時期に米国や日本の軍事力の近代化も進んだ。差が詰まらなければ問題ない。感情的に中国脅威論に走るべきではない。

 脅威とは「相手の意思プラス能力」。安全保障のためには、その意思と能力が敵性化しないようにすればいい。例えば米国の対中政策「建設的関与」が参考になる。つまり中国の近代化と民主化を支援し、経済面を中心に敵意が生まれない関係を築くのだ。

 中国の人民解放軍と自衛隊は実は、2000年から信頼醸成のための準公式交流を続け、中国の軍人は広島の原爆資料館も見学してきた。軍事組織同士の信頼関係の維持も平和に不可欠な要素だ。

米露の関係 安定を維持

 ロシアは大量破壊兵器とテロに対する核兵器の使用を明言しているが、現在の米ロ関係は共同軍事演習をするほどに安定している。米国の最重要同盟国である日本に対する脅威度は低い。

平和実現へ 「顔」明確に

 日本の主導によって将来的に核兵器廃絶は可能だ。私は10月、廃絶へのロードマップを外務省首脳に説明した。核先進国(米ロなど5カ国)、核中進国(インド、パキスタンなど)、核途上国(北朝鮮、イラン)がとるべき道筋を描いた。

 ただその前に、平和実現に向けた日本の「顔」を明確にする必要がある。政権交代を機に「平和実現のための行動を誓った憲法前文。その精神を具現する外交安全保障政策をとる」と宣言してはどうか。

 費用対効果に優れた日米同盟を続けるにしても、自衛隊に戦力投射能力(他国を壊滅させる能力)を持たせない、米国の核軍縮を含む核兵器廃絶の先頭に立つ、と誇り高く宣言するのだ。国際社会の信頼と評価を日本の安全保障と繁栄の基盤とすればいい。

おがわ・かずひさ
   1945年熊本県八代市生まれ。陸上自衛隊生徒教育隊、同航空学校修了。同志社大神学部中退。週刊誌記者などを経て84年に軍事アナリストとして独立した。

(2009年12月6日朝刊掲載)

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