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連載・特集

国連軍縮会議 3国の参加者に聞く

フクシマ 世界に衝撃

 東京電力福島第1原子力発電所での「3・11」炉心溶融事故は、世界に衝撃を与え、各国の核エネルギー政策に影響を与えている。事故は同時に、人類を脅かし続ける核兵器の危険性をもあらためて想起させ、核兵器廃絶の早期実現の必要性を私たちに迫っている。長野県松本市であった国連軍縮会議(7月27~29日)では、原発問題と核兵器禁止条約が初めて議題として設定された。「脱原発」を明確にしたドイツ、ウラン輸出国のオーストラリア、非核政策を貫くニュージーランド。それぞれの国から参加の外交官と非政府組織(NGO)代表の3人に、「フクシマ」が与えた影響や核廃絶に向けた今後の展望などについて聞いた。(特別編集委員兼ヒロシマ平和メディアセンター長 田城明)

◆ヘルムート・ホフマン氏=ドイツ

「脱原発」国民の意思

 なぜドイツが、2022年までに脱原発を実現させることを政策決定したか。その答えは単純明快である。福島第1原発での炉心溶融事故が、わが国の政治指導者や市民に大きな衝撃を与えたからだ。高度な科学技術を有し、安全対策は完璧と考えられていた日本で、それが起きてしまった。日本で起きたことは、ドイツでも起きうる。

 メルケル政権は、3・11事故が発生するまでは、17基ある既存の原発の寿命を延長するなどの方針を決めていた。しかし、25年前に起きたチェルノブイリ原発事故で放射能汚染の怖さを経験しているドイツ国民の原発への拒否反応は強かった。原発の是非をめぐる世論調査では、脱原発を求める人々が圧倒的に多く、メルケル首相も政策を転換せざるを得なかった。

 産業界からは「ドイツは津波の心配が要らないのだから」と政策転換に異を唱える人たちもいた。確かに可能性は低いかもしれないが、起きたときの被害は計り知れない。原発の発電コストも、何百年、何千年と安全に管理しなければならない使用済み核燃料の保管などを考えれば、他のエネルギーに比較して決して安いわけではない。政府も産業界も正しい情報を国民に伝えていなかった。

 緑の党の影響など環境意識の高いドイツでは、早くから太陽光、風力など自然エネルギーの利用に取り組んできた。電気を無駄に消費しないという節電意識も高い。10年余りで脱原発が達成できると信じている。

 欧州5カ国に配備されている米国の戦術核について言えば、ドイツ政府は09年から関係国に撤廃を呼び掛けている。軍事目的に使用する可能性は考えられないからだ。ただ、ドイツだけでは実行しない。あくまで北大西洋条約機構(NATO)加盟の他の4カ国と合意の上で進めていく計画だ。今もその交渉は続いている。

 集団安全保障体制を取るNATOの一員として、米国の戦術核配備はなくなっても、日本や韓国、オーストラリアのように、いわゆる米国の「核の傘」は機能し続けるだろう。核兵器なき世界を求めているとはいえ、いつ、どのように実現できるかは分からない。世界中の人々がその実現を求め続ければ、廃絶の方向に向かうだろう。が、現時点ではまだ、P5(米ロ英仏中)にその準備はできていない。


◆ティム・ライト氏=オーストラリア

非核化 日本が主導を

 福島第1原発ではオーストラリア産のウラン燃料が使われており、核産業は今回の事態を非常に憂慮している。原発の危険性を多くの人々に知らしめることになった。原発のないわが国にも、建設への強い動きがあったが、3・11以後は説得力を失っている。ウランの輸出も難しくなるだろう。

 1950年代に英国がオーストラリア南部の砂漠地帯で実施した核実験のために、今でも放射能汚染による立ち入り禁止区域が広範囲に及んでいる。被曝(ひばく)で健康を害した核実験参加兵士や近くに住んでいた先住民らに対して、英豪両政府とも十分な補償をしていない。放射線の人体への影響も、産業界などは高レベル放射線の影響を問題にするだけで、低レベルの影響を伝えてこなかった。

 フクシマの事故は、国内の新聞、テレビなどで連日大きく取り上げられた。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)で活動する医師たちは、何度もコメントや解説を求められ、低レベルの放射線の影響、特に内部被曝の問題について説明した。放射線被曝の危険について、多くの市民が理解を深めたと思う。

 原発がなくなることと核軍縮・廃絶はつながっている。インドや北朝鮮などの例を挙げるまでもなく、核エネルギーの平和利用を隠れみのに核兵器開発を進めてきた。核技術や核物質が拡散しないことが重要である。核拡散防止条約(NPT)で認められた核の平和利用で、原発導入を計画している国々には、再生可能エネルギー技術の提供などを積極的に行っていくべきだ。それがその国にとってもより良い選択となる。

 こうした動きを加速させるためにも、すべての核保有国を対象にした核兵器禁止条約(NWC)の早期交渉が欠かせない。すでに100カ国以上の非核保有国が賛同している。日本もオーストラリア政府も「時期尚早」との立場を取っているが、被爆国の日本にこそリーダーシップを取ってもらいたい。

 ICANでは多くの国際NGOや、NWCに積極的な非核保有国政府と協力してさまざまなキャンペーンを展開している。


◆アラン・ウェア氏=ニュージーランド

抑止力への依存危険

 今年2月には、ニュージーランドでも大地震で甚大な被害を受けた。地震の怖さを知る私たちは、国の方針として原発を導入していない。米国の「核の傘」に頼ることも拒否して非核政策を貫いている。

 今も続く福島第1原発の惨事は、自然に対する敬意を払うべきことを人類に教えていると思う。政府や官僚、電力会社などが流す原発の「安全神話」に、多くの日本人は寄りかかっていたのではないか。原発もいったん暴走すれば、放射能汚染による環境や人体への影響は広範で、しかも長期にわたる。

 人為ミスや事故、地震・津波などの自然災害、9・11米中枢同時テロのような想像しがたい事件など、原発による核惨事は必ず起きると覚悟しなければならない。

 核兵器についても同じことが言える。広島・長崎以後、戦争で核兵器は使われていない。地球上にはなお2万発以上の核弾頭があるが、これからも核戦争は起きないだろうとの「核抑止力」神話への安易な依存である。

 米ロなど核保有国は、核弾頭を搭載したミサイルを地上や海中からいつでも発射できる状態にしている。核対峙(たいじ)するインドとパキスタン、核テロの危険性…。放射線被害に加え、爆風による巨大な破壊力と熱線を伴う核兵器が使用されれば、核惨事はチェルノブイリやフクシマの比ではない。

 核保有国の政府関係者は、冷戦時代の思考から抜け出せないでいる。今や安全保障が一国だけで成り立たないということに気づいていない。いや、気づいていても軍産複合体など国内の既得権を守ろうとする勢力に前進を阻まれている。

 経済、貿易、金融、環境、疫病、貧困、教育、人権…。人間の安全保障に関わるすべての問題が、世界の国々において相互に密接につながっているのだ。

 21世紀に生きる若者たちは、日々、インターネットなどで他の国の若者らと交流している。国境を越え、同じ音楽やアニメを楽しんでいる。こうした時代に、地球を破滅に導きかねない核兵器の存在は似合わない。核物質の利用は、医療や非破壊検査など人間のコントロールが利く分野に限るべきだ。

(2011年8月8日朝刊掲載)

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