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原子力防災の行方 島根原発30キロ圏 <上> 46万人避難の現実

計画策定 高いハードル

 福島第1原発事故は発生から、まもなく8カ月となる。未曽有の原子力災害を受け、政府の原子力安全委員会は、原発事故に備え重点的に防災対策をとる地域を、従来の8~10キロから30キロ圏内へ拡大する方針を固めた。中国電力島根原子力発電所(松江市鹿島町)では、従来の松江市に加え、島根、鳥取両県の5市が新たに入る。圏内人口は約46万人。防災や医療など安全を守る備えへの信頼が揺らぐ中、地域の原発と向き合う自治体や住民の課題を追った。

 島根県境から南へ約25キロにある庄原市総合体育館。「ここでは約千人を受け入れられます」。市危機管理課の日野原祥二係長(42)は約1780平方メートルのフロアを見渡した。

 そばを走る国道432号は島根原発のある松江市まで延びる。「島根からの避難なんて、最近まで考えもしなかった」。日野原係長は、スマートフォン(多機能携帯電話)を取り出し、島根原発までの距離を確かめた。「75キロ」と表示された。

30万人が県外へ

 「県内だけでの受け入れは難しく、協力をお願いしたい」。10月26日、廿日市市であった中国地方知事会で、島根県の溝口善兵衛知事は広島、山口、岡山の山陽3県の知事に頭を下げた。島根原発で事故が発生した際の県民の避難場所の提供を求め、合意を得た。

 避難対象となる原発30キロ圏では島根県で約40万人、鳥取県では約6万人が暮らす。しかし、島根県内にある学校などの施設では約10万人しか収容できない。残る約30万人の避難先を県外に求めることになった。

 今月7日には、避難計画を協議する5県の防災担当者会議が広島市中区の広島県庁で開かれた。島根、鳥取両県が3県に対し、避難先となる施設の面積など詳細な調査を依頼。来年3月末までに、3県に避難が可能な人数を割り出す。

 ただ、受け入れ側となる広島県危機管理課の土井司課長(52)は「避難が長期化した場合、十分な食糧や毛布を提供できるかどうか。現実的な計画に向けクリアする課題は多い」と懸念を示す。

施設確保を優先

 さらに30キロ圏内にある特別養護老人ホームなど社会福祉施設は314施設で、入居者は約8700人。医療機関は67病院・診療所あり、入院患者は約7700人に上る。

 島根原発から南東約3キロのグループホーム「あとむ苑」(松江市鹿島町)には、高齢者9人が入所する。原子力安全委員会の見直し案では、直ちに避難を実施する原発5キロ圏の予防防護措置区域(PAZ)に位置する。

 しかし、昼間でも職員は3人、夜間には1人に減る。中林裕子管理者(52)は「避難用のバスと人員をすぐに回してもらわないと、逃げ遅れてしまう」と訴える。

 島根県のシナリオでは、避難手段はバスなどの公共交通が軸となる。マイカーの利用は交通渋滞を招き、円滑な避難を妨げる懸念からだ。ただ、具体論には踏み込んでいない。お膝元の松江市でも、11人乗り以上のバスは189台、輸送能力は9503人分にとどまる。

 県の大国羊一危機管理監(56)は「今は避難施設の確保を最優先している。正直、交通手段の検討まで手が回っていない」と漏らす。

 島根原発の南東約3キロにある講武公民館(松江市鹿島町)の岡庸道館長(72)は、バスでの避難に不安を抱える。地区住民は約1700人。「危ないと思えば、皆マイカーで逃げる。バスを待っている余裕はない」。住民を納得させる避難計画へのハードルは極めて高い。(樋口浩二)

緊急防護措置区域(UPZ)
 福島第1原発の事故を受け、内閣府原子力安全委員会は、防災対策重点地域を従来の原発から半径約8~10キロ圏から30キロ圏に拡大し、UPZとする方針を固めた。国の防災指針で定められると、自治体の地域防災計画の基準となる。見直し案では、重大事故の場合、直ちに避難する範囲「予防防護措置区域(PAZ)」を原発から半径5キロ圏とした。さらに50キロ圏内を安定ヨウ素剤配備の準備をする「放射性ヨウ素対策地域(PPA)」とした。

(2011年11月9日朝刊掲載)

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