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連載・特集

『生きて』 漫画「はだしのゲン」の作者 中沢啓治さん <4> 父、姉、弟の最期

叫び声 ずっと母の耳に

 あの時、家には4人がいた

 おふくろは奇跡的に助かったんですよ。2階にある物干し台で洗濯物を干し終え、軒先の下に入った瞬間に原爆がさく裂した。軒先1枚で熱線を防げたの。さらに家が爆風でつぶれるのと逆に、物干し台がおふくろを乗せて吹き飛んだ。裏の路地に着地し、かすり傷一つしなかった。

 気がつくと、弟の進が玄関先で泣き叫んでる。「お母ちゃーん、痛いよ! 痛いよ!」って。行ってみたら、太い敷居の柱に頭を挟まれて足をばたばたさせていた。中からは、おやじが「何とかせえ! 何とかせえ!」って叫んでる。姉の英子の声は一切しなかった。即死だろうと。

 おふくろは、進を助けるのに、材木を差し込んで柱を動かそうとするんだけど、昔の家は大きな柱が使われてるからびくともしない。通る人に頼んでも駄目だった。

 そのうち進の声が「お母ちゃーん、熱いよ! 熱いよ!」に変わった。炎が回ってきていた。おふくろは半狂乱になって、泣き叫ぶ弟の体を抱きしめて「お母ちゃんも一緒に死ぬるけえ!」と座り込んでいた。

 炎が家を包みだした時に、裏に住んでいた人が通りかかって「中沢さん、もう諦めんさい! あんたまで死ぬることはない」って、嫌がるおふくろの手を引っ張って逃げてくれた。炎の中で、弟の泣き叫ぶ声がもろに聞こえてきたって。それが耳の奥底にこびりついて、おふくろは死ぬ間際まで、進とおやじの声がよみがえってくる、って言ってた。

 学徒動員で呉にいた長兄が戻ってきて、2人でバケツとスコップを持って、骨を掘り出しに行った

 おふくろが証言した通り、玄関口から子どもの頭蓋骨が出た。弟の頭蓋骨を持った瞬間が忘れられない。8月の暑さなのに、背中に何十㌔もの氷を載せられたような寒けがした。意識あるまま、じりじりと焼き殺されたんです。

 次の間には大人の、おやじの頭蓋骨。6畳間を掘ると姉の頭蓋骨が出てきた。バケツは3人の骨でいっぱいになった。おふくろは帰ってきた僕らに「ご苦労さん」って迎えてくれた。その夜、ふっと目が覚めると、おふくろがね、3人の頭蓋骨を悲痛な表情で見据えていました。

(2012年7月6日朝刊掲載)

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